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第2話
彼は何より私に従順でした、私に嫌われたくないのでしょう、私が原稿を書けと言ったら私の名で書きましたし作品のネタとして商品を盗んでこいと言えば盗みも行いました。
そして私が綺麗な顔をみて腹を立てて顔めがけて殴っても何も言いませんでした。それをいいことに私はことある事に綺麗な体に傷をつけていきました。
才能をもちあわせた人間を傷つけることに快感を覚えました。それはそれは劣等感を感じていない人間にはわからない程の快感でした。この世に絶望していた私でしたが才能のある人間を傷つけている時だけは自分というものを肯定できました。
ですが何度殴っても何も言ってこない彼に恐怖心を覚え血が滲む程努力をした大学を中退し田舎へ引越しました。
田舎へ引越しをしたあとも何も考えていないようなあの目が忘れられませんでした。
ですが田舎へ引越し、しばらく経つとそんなことさへも忘れてしまいました。
(後々わかったことですが、人間というものは保身のために思い出したくない記憶は思い出さないようになっているようです。)
そこからさらに○年後、地道に文を書いている私の元へ編集の人間が尋ねてきました、その人間は私に○○賞にぜひでてほしいと頭を下げて提案しました。
「貴方様の作品はとても良い作品だと思います。私は貴方様の小説に感銘を受けこの職に着き貴方様に直接御礼申し上げたくまいりました。」
こうとも言った、まるで神だと思いました、ですが蛇に睨まれた蛙のようになったのも事実です。
というのも自分の作品を褒めるのは恥ずかしながら自分自身でしたので自分の作品を他人なんぞに褒めて貰うのはあまりにもございませんので嬉しさのあまりに頭をさげてお願い申し上げました。
すると目の前の神様が大袈裟に涙を浮かべて頭を二度下げました。
台風のように私のことを褒めるだけ褒めて去った神様に心奪われながらこの感情をしたためるべく人払いをしてすぐ机に向かいました。
ある程度書き終えたところに女中が深蒸し煎茶と一緒に不信感を覚えるほど薄い手紙、少々の色気を放った1輪の花を持ってきました。
女中より何倍も色気の放った花を無意識のうちに鼻にちかづけました。
その花からは少女のような色気を全く知らない純粋な乙女のような香りが漂ってきました。
そのギャップからその花に取り込まれてしまいそうになりました、それが花の魅力なのでしょう、女達が声を高くし興奮しながら話している様子に鬱陶しさすら感じていましたが、今ならその感情がわかりそうです。
「これはなんという花なのでしょう?」
「こちらは……竜胆というお花です。青や水色などの寒色ばかりが特徴的ですが、実際は白やピンクの花も咲かせるそうです。
旦那様は花言葉というものはご存知でしょうか?」
マリア像のように白い肌をした女中が目を細め問いかけてきました。後光に照らされマリア像のようなものに感じました。その後どう返事をしたのかは定かではありませんが、女中相手に丁寧な口調で「いいえ、存じ上げません。」とだけ返したのだけは小さい脳で記憶しています。
「こちらの竜胆というお花の花言葉は悲しんでいる貴方を愛するという意味のもののようですよ。
そちらのお手紙は恋文のようなものではないでしょうか?」
それだけ女中は言い残すと障子をパタンと締め小鳥のようにトコトコという足音を立ててその場を後にしました。足音を立てている音があまりにも幻想的で思わず私はしばらく妖精の余韻に浸り夢の世界へ誘われました。
それからどれくらいの時がたったのでしょう。夢から意識が浮上すると既に花は無くなっており、花があった場所には手紙のみがありました。
夢から浮上したばかりで意識が朦朧としている中、手紙を開きますと3枚程度折りたたまれたようなものが入っているのみでした。
私は不審に思いながらも、恐る恐る中身を拝見すると流行りに乗った短編の恋愛小説のようなものでした。宛名は書き忘れたのでしょう、花なんて付けて送り間違えでしょう。
特に中身も読まず席を立ち、手紙を燃やしに行きました、手紙が燃えている姿はまるで過去の自分が彼に燃やされているように感じられ目を背けてしまいたくなりました、正直恋愛なんぞ私にとって過去の汚点であり、思い出したくもない記憶でございます。
しばらく過去の悪夢に抱擁されていると、抱擁を解くように妖精が「旦那様、」と囁いたのです。
「どうしました?」
「お客様でございます。」
「今日は約束は無いはずですが。」
「弟子になりたいと仰っておりますが……」
「弟子?」
私には弟子とは無縁です、だって才能がないのですから。
この世には数え切れないほど天才と呼ばれる人間がいます。なぜ私を師と仰ごうと思ったのか心の内が気になったのです。
ですが弟子に来た人間が才能のある人間であったらどうでしょう、今度こそ手にかけてしまうかも知れません。そんな事想像したくもありません。
「弟子なんぞ私とは無縁ですよ。申し訳ないですが、お断りを……」
普通に考えたら庭で話している内容が玄関に聞こえないわけがありませんでした、玄関からひょっこりと顔を出したのは過去に葬り去ったおぞましい彼でした。
体温が徐々に下がっていくのを自分自身で確かに確認致しました。
「お久しぶりですね××さん」
アハハハハハ……ハハ…ハハ…ハ……
呼吸困難でも起こしたのでしょうか。首をギュッと締められるような感覚に陥ってしまい声も出ませんでした。
彼は私のその様子を見てさらに声を高らかに笑い始めました
「なぜ何も仰らないんですか?……あ、そうですこちら読んでみてください。傑作だと思うんです。目の前で読んで頂けたら幸いです」
彼はニンマリと悪魔の微笑みを浮かべ悪魔崇拝書ほど分厚い原稿用紙を手渡してきました。
「あぁ、そうそう○○賞に応募するんですってね。懐かしいなぁ、昔は私の作品を貴方はあたかも自分の書いた作品と偽り応募したことがありましたねぇ……」
震えた手を悟られないようにしながら恐る恐る原稿を取り出すと私が犯した過ちのことを私自身が暴露するように書いたもので、あまりに鮮明に書かれておりましたので、言葉を発することができなくなりストンと座り込んでしまいました。
すると彼自身もスローモーションのように座り私の耳にそっと悪魔の囁きより耽美な声で「私はあなたの事をこの手で息を止めてしまいたい程愛してるんです。憎いのです。」
彼は私の首に手をかけました。ですがかけた手を強く握ることはありませんでした。
「…貴方は可哀想な人だ。貴方自身も気持ちの悪いおぞましい人間の一人であることに今も気づいては居ないのですから。」
彼は折れた一輪の白薔薇を私に投げつけ、彼は糖衣の被った声でこう言いました。
「初めまして、ーーーと申します。こちらの題名を××先生に題していただきたくまいりました。」
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