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2.キャラメルマキアート (2)
たまにモトイに連れられて、美容室や服飾店に来たことはあったが、一人で駅前を散策したことはなかった。
ちょうど高校生の帰宅の時間帯のようで、駅前は制服を着た学生の姿が多く賑わっている。
特に目的もなく駅まで歩いてきたケイは、窓から大通りの見えるカフェに入り、甘いものを飲みながら人間観察をすることにした。
思い返せば、半年前のケイはひとりでカフェに入るなんて考えられない状況だったから、ずいぶん進歩したものだ。
半年前、初めてカウンターで注文するセルフサービス形式のカフェに入ったときも、やっぱりモトイが一緒だった。
注文カウンターで提示されたメニュー表には、見慣れない単語ばかりが並んでいて、あまりに未知の体験に、ケイは不安で、小さな子どものようにモトイの背中に隠れてしまった。
モトイはその反応を見て楽しそうに笑いながら、ケイは甘いものが良さそうだなと言って、キャラメルマキアートを注文してくれた。
それまでケイは、食に対して好きも嫌いもほとんど感じたことがなかった。
たいていいつも空腹で、ただ安全に食事が取れて、おなかが満たされればじゅうぶんだったので、味がどうかということを考えたことがなかった。
モトイが教えてくれなければ、こんなに甘くて美味しい飲み物があるということを、きっとずっと知らないまま生きていた。
運が良かった、とケイは思う。
見つけてくれたのがモトイだったこと。
モトイと出会った夜があったから、今、こんなふうに、カフェでぼんやり時間を過ごすなどという贅沢ができている。
ケイは窓際のカウンター席で、ストローをくわえながら、行き交う人々の様子を見つめた。
ガラス越しに見える景色は、たしかに実際に目の前に広がっているはずなのに、ケイには現実感の伴わない、映画のスクリーンのように見えた。
モトイはなんともないと言っていたけれど、あの日から背中の痛みが続いている感じがする。
痛みとともに皮膚が爛れて剥がれてくるような、不快な感覚がおそってくる瞬間もあった。
ケイはときどき、衣服の上から自身の背中を触って変化がないことを確かめた。
触った感じに違和感はないので、ケイはほっとして肩から力を抜いた。
のんびり飲んでいたので、プラスチック製のコップはたっぷり汗をかいて濡れている。
ペーパーナプキンで水滴を拭い、残りを飲みきってしまうと、手持ち無沙汰になった。
この後はどうしようかな、と考えているとき、ふと、店の入り口のほうが色めきだったような気配がした。
ケイは、なんだろう、と思って何気なくざわめいたほうへ視線を向けた。
すると、真っ直ぐにケイのほうへ向かって歩いて来る男子高校生と目が合った。
その瞳は、純血の日本人では持ち得ない青味を帯びたきれいな色をしている。
ケイは驚きに大きく目を見開いた。
視界の中で、彼は、嬉しそうな、安堵したような、ちょっと複雑な感情を秘めた微笑を浮かべて、
「やっぱり……、」
と、呟いた。
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