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第9話 王子としての責任

 アーロンの唇は、本能的にリオの首筋に引き寄せられる。(うなじ)を強く吸われると、瞬間的に身体に火が付いたように熱くなる。神経を直接刺激されたような快感に襲われ、リオは悲鳴のような小さな叫び声をあげた。 「アーロン。ねぇ、噛んでよ……。僕の項」  抗いがたいオメガの本能が訴えるまま、リオは甘えた声でアーロンにねだる。後孔から熱い愛液が溢れ出るのを感じた。理性では、敵国の王子と軽々しく番になるべきではないと分かっていても、アルファとオメガのフェロモンは互いに引き付け合う。アーロンは顔を歪めて苦しそうだ。 「くっ……! ごめん、リオ。項に触れちゃいけないのは、頭では分かってるんだけど。俺、絶対……噛まないから」  手負いの獣のように呻き声をあげ、アーロンは、自分自身の腕に噛み付いた。 「アーロン、血が……」  言い掛けたリオは、本能に抗い、悲しそうにすら見えるアーロンの眼差しとぶつかり、そのまま言葉を失った。 「くそっ。痛みでも感じてなきゃ、とても正気が保てそうにないよ」  苦笑しながらアーロンは、再びリオの後孔を刺激しながら、太腿の間に自身を抽送した。  何度も二人は熱情を(ほとばし)らせ、絶頂を迎えた。疲れれば動物の兄弟のように身体を寄せ合って眠る。愛を交わし、ヒートが落ち着けば僅かな食料を分け合い、再び愛し合う。  リオの初めてのヒートは、三日間続いた。アーロンは、遂に最後までリオの純潔を奪わなかった。  ヒートが終わったリオは、人目に付きづらいが危険も比較的少ない早朝に小屋を出た。アーロンは、リオが問題なく帰路につけたことを確認したら小屋を去ることになっている。重い脚を引き摺るように山を下りると、トマスを含む三人の臣下が待ち構えていた。その硬く気まずそうな表情に、既に彼らは自分に起きたおおよそのことを知っているのだと、リオは悟った。 「大丈夫だ、貞操は守った。……それと、僕がオメガだというのは誰にも言うな」 「御意(ぎょい)」  私邸に戻ったリオは湯浴みをした後、仮眠した。目覚めた時、寝室にはトマスと馴染みの医師が控えていた。 (僕が本当にオメガなのか、犯されてないか、確かめたいんだな)  リオは言われるまま腕を出して血を抜かせ、下半身を出した。 「王太子殿下がご無事で、よろしゅうございました」  リオは清い身体だという医師の言葉に、トマスは安堵の表情を浮かべた。医師が退席するや否や、彼は心苦しそうに言った。 「リオ様。お疲れかと思いますが、今日は議会と、引き続き昼食会がございます。前回は、体調が悪いと欠席を届け出ましたが、二度欠席が続くのは、よろしくないのではと……」 「今日は出席しよう。支度するから、メイドを呼んでくれ。トマス、心配掛けてすまない」  主人の目と声に力を感じ取ったトマスは、嬉しそうに何度か頷いて寝室を出て行った。 (僕は、この国の王子だ。正しい政治が行われるよう、自分から働き掛けていかなければ)  同い年のアーロンは既に王として自分の役目を受け入れ、ふさわしい品格を備えているのに、何も考えていないに等しかったお気楽な自分をリオは恥じていた。王族としての責任を果たそうとし始めたのだ。  議会に現れたリオの姿に、貴族たちは目を見張り、感嘆の声をあげた。 「これぞティエラの王子だ」 「前王ライムンド様のお若い頃に生き写しだ」  ピーコックグリーンのスタンドカラーの上着は、エンリケとリオの父ライムンドが好んだ装いだ。彼は、金糸銀糸の刺繍やレースを重ねた豪華なものを(まと)ったが、リオのそれは、地模様が織り込まれただけの生地で、特段の装飾はない。裕福な貴族よりも地味なほどだ。  だが、シンプルな仕立ては、若く美しい青年のほっそりした身体を引き立てる。何より、王家の象徴である緑髪・緑眼を際立たせる。  兄王への配慮や慎みは感じるものの、あまりにティエラの歴代王をほうふつとさせるリオの姿に、貴族たちは、現王であるエンリケとリオの顔を順繰りに見遣った。慎み深い貴族は沈黙を守った。エンリケや、王太后の実家である宰相一族を良く思わない者たちは、ここぞとばかりエンリケをこき下ろした。 「成金のくせに、身の程(わきま)えず宰相だ正妃だと、しゃしゃり出た結果がこれだ。あの男のどこにティエラ王族の血が流れているのか、全く分からんよ」  議会内の声に、しまった、とリオは兄の表情を窺う。時既に遅し。エンリケの耳にも、当てこすりの声は届いていた。彼の顔は青ざめ、こめかみには筋が浮き上がり、ぶるぶると握りしめた拳は怒りに震えている。  段上に着座する兄を目前に、臣下で一番の上座がリオの定位置だ。着席前、彼の前に進み出て、いつも通り一礼する。普段は顎をしゃくるだけであっても返礼されるのに、今日は完全に無視された。 (心の狭い王だと思われたら、兄上が損なのに……)  兄を気遣いながらも、リオは議会での話題に集中した。ある貴族が、旧アルゴン領土内への植民が計画より遅れると報告している。 「アルゴンに以前あった住居類、井戸や水車などの設備は殆ど先の戦争で破壊されたため、まずはインフラを整える必要があります。  植民対象者の選定も難航しております。ティエラは温暖で平地が多く、河川の水量が豊かですが、旧アルゴン領は比較的冷涼で山岳地帯が多いため、耕作方法や適した作物も異なります。農民たちもそれを知っているので、土地が貰えるという条件でも二の足を踏んでいるとのこと」  彼の報告を聞き、思わずリオは問い掛けた。 「待ってください。先の戦争で設備が破壊されたとのことですが、そもそも、戦争後は旧アルゴン領をどうするつもりだったのでしょうか? ティエラの民を入植させるなら、設備を保全すべきだったのでは?  それに、適した作物が異なるのは、両国の地形と元々の特産品の違いからも自明。わざわざ遠く離れた土地にティエラの民を入植させずとも、アルゴンの民をそのまま残し、徴税権だけ貰うという手も取れたのでは?」

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