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第11話 戦いの足音が近付く

「なぁ、トマス。この国の負債額と、そのうちアルゴン攻略の分は幾らなのだろう? それと、我が国の主要産業は武器輸出だと聞いたが、主な製造・輸出業者と、おおよその規模が知りたい。できれば、アルゴン再建の際、水車などの設備を納入することになっている業者がどこかも」  私室で読書という名の余暇を過ごしていたリオは、トマスを呼び出し、ストレートに頼んだ。トマスは息を呑み、リオの顔をまじまじと見つめる。 「承知しました。お調べしましょう。......その理由を伺っても宜しいでしょうか」 「先の戦争に、どんな大義があったか知りたい。利を得た者が誰かも」  鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべているトマスに、リオは苦笑した。 「一国の王太子なら、これくらいのこと、以前から関心があって(しか)るべきだよね? でも、僕があまりに王太子らしすぎると、兄上やその周りの勢力が『玉座を狙っている』などと余計な軋轢(あつれき)を生むから、これまではひたすら無害な存在をアピールして、僕を守ってくれたんだろう?」 「そこまでお気付きとは......。では、不敬ながら申し上げます。今後も、これまで通りを続けていただけないでしょうか。リオ様をお守りするために」  言葉尻だけ捉えれば、無能な振りをしろと、主人に対して限りなく不敬な発言だ。しかし、両親亡き後、さしたる後ろ盾もない自分に忠義を尽くしてくれているトマスは、悲愴な表情で自分に訴えている。怒って、切って捨てる気にはなれなかった。 「今の僕は、唯一に近い兄上のスペアだ。他国へのけん制のためにも、憎くても飼い殺しにするしかないだろう。でも、来年兄上が結婚して子どもが生まれたら、僕には、スペアとしての価値はなくなる。むしろ、兄上や王太后さまを良く思わない貴族が僕を担ぎ上げたりしたら困るから、厄介払いしたくなるに違いない」  アーロンと出会って以来、自分の今後の立場については、ずっと考えてきた。だからリオは取り乱しもせず、冷静に自分の考えを述べることができた。むしろ、トマスのほうがうろたえているように見えた。 「トマス、落ち着いてくれ。僕も、いつまでも子どもではないのだから」  誠実な臣下に、リオは微笑みかける。彼の大人びた表情に、トマスは覚悟を固めたように何度か頷き、きゅっと口元を引き締めた後、打ち明けた。 「仰る通り、国王陛下にお子様が誕生した暁には、リオ様のお立場は極めて微妙になるでしょう。......ですから、陛下のご婚礼後に頃合いを見て、リオ様には修道院に入っていただくようお勧めするつもりでした。大司教様が後ろ盾となってくださる手筈は付いております。教会がリオ様を守ります。国王と言え、容易に手出しできますまい」  改めて、トマスを見つめた。自分に二十年も仕えてくれた彼の髪は今も豊かだが、かなり白髪が増えた。目元や口元には深い皺が刻まれている。背筋は紳士らしく伸びているが、長いこと仕立てていない着古した上着は、ずいぶん身頃が余っている。年齢を重ねたことと、気苦労が多かったために、痩せてしまったのだろう。樹木のようにひび割れた手の甲や指は、自分のために身を粉にしてくれたからに違いない。 「そこまで考えてくれていたのか......。  父上母上亡き後、後ろ盾も財産もない僕を守り、育ててくれてありがとう、トマス。お前の忠義心には、どうやって報いたら良いか分からないよ。これまで一度も言葉にしたことがなかったが、心から感謝している」  リオは、トマスの手を取り、両手で包み込み、愛おしげに撫でた。もし両親が生きていたら、こうして愛情を伝えたかった、と思うやり方で。 「リオ様......。私のような臣下に対し、そのお手を......。勿体(もったい)のうございます」  トマスは涙声になりながらも、理性を振り絞り、言葉を重ねた。 「先のご質問、おおよそはすぐお答えできます。アルゴン攻撃で利を得たのは、王太后様のご実家、宰相一族です。銃器や火薬の製造のみならず、農業設備の設計・建設を推し進めているのも彼らです。まだ権力の恐ろしさをよくご存じない、お若い国王陛下をおだてて、軍を玩具(おもちゃ)のように使わせたのでしょう」 「何だって......? 私腹を肥やし、権力を見せびらかすために、他国の文化を破壊し、無辜(むこ)の民から土地や命を奪ったというのか」  主人の耳に戦争の経緯を入れないよう、トマスは細心の注意を払ってきた。ごく近い義理の親族が私利私欲のために他国を蹂躙したなどと知れば、素直なリオは(いきどお)るだろうと容易に予想できたからだ。実際、トマスの想像通り、この話を聞いたリオは、義憤に鼻を膨らませている。 「国王陛下には、お気を付け下さい。先日狩りに行かれた時、リオ様は『いつの間にか、他の貴族とはぐれた』と仰いましたが、王族から目を離すなど、ありえません。わざと山中に置き去りにするよう仕向けたのでしょう。野犬や狼に襲わせようとしたのか、暴漢を差し向ける予定だったか......。今は、リオ様がオメガだということは、私ども最側近三名と、信頼できる医師一名しか知りませんが、もし国王陛下の知るところとなれば危険です。リオ様にとって最も条件の悪い縁談をまとめようとするに違いありません」 「そうだな、トマス。僕も全く同意見だ。これからは、何かあれば必ずお前に相談する。お前も、自分だけで動こうとせず、僕に言ってくれないか?」  主従は目に涙を溜め、手に手を取った。しかし、この美しい関係が平和に保たれる日々は、長くは続かなかった。  旧アルゴン領での設備工事中、ティエラから派遣した技術者たちが、旧アルゴン騎士団に襲われた。技術者を失うのは、ティエラの産業にとって大きな痛手だ。すぐさま、救援と追加技術者派遣の護衛のために軍が派遣された。しかし、技術者や器具を載せるための荷車を引き摺っての行軍は、機動力が落ちる。そこを狙われ、逃げ場のない谷で上から狙い撃ちされ、派遣した部隊までもが大きな損害を受けた。  議会で軍務大臣からの報告を受けたエンリケ王は、苛立たしげに途中で遮った。 「もう良い、分かった。旧アルゴンの残党は、どこにいるんだ! 叩き潰してやる!」 「旧アルゴン領は山岳地帯。彼らは定住せず、小さい部族で場所を転々としているようです。まとまって姿を現すのは、戦闘の時のみでしょう」  軍務大臣の言葉は、見事に当たった。ティエラにとっては不吉な形で。  次に旧アルゴン騎士団が現れたのは、ティエラ軍最大の武器庫だった。貴重な火薬に、彼らは火矢を打ち込んだ。武器庫と、武器庫の格好の隠れ蓑として活用してきた周辺の森をも燃え尽くす勢いで、火薬は燃え続けた。  そして遂に、『アルゴン国王アーロン』の名において、正式に領土返還と主権回復をティエラへ要求してきた。 「こんな要求、飲めるわけがない! 奴らは一極攻撃を仕掛けて、すぐ退却するパターンばかりだ。大した兵力があるとは思えん。我がティエラ精鋭の一小隊を送り込めば、ひとたまりもなかろう」 「恐れながら、火薬と銃器類が大規模な損害を受けております。ティエラの軍備は、今や銃と大砲が主力。銃がなければ戦えません」  議会は紛糾した。姿が見えず、次の動きが予想できない敵に対する恐怖と不安が、みなを苛立たせていた。 「......アルゴン攻略の前までは、我がティエラ軍には、剣や弓を持つ部隊があったな?」  エンリケが低い声で呟いた。

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