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第12話 一国を背負った戦いへ向かう葛藤

 ティエラでとっくの昔に(すた)れた戦術について言及した王の意図をはかりかね、貴族たちは顔を見合わせる。軍務大臣は静かに答えた。 「はっ。......しかし、最後まで残っていたのは、伝統武芸を絶やさぬ目的で貴族の子弟中心でしたので、殆ど実戦経験はございません」 「奴らも熟練の兵士が十分揃っているわけではなかろう。それに、貴族の子弟に先陣を切ってもらわねば、民に示しがつかん。剣や弓で戦う部隊に所属していた者を集めよ。特に、直近の従軍経験者は最優先だ」  エンリケは、これ以上議論する気はないとばかりに言い放ち、唖然とする一同を尻目に、さっさと議会を退席した。 「旧アルゴン領を再開発する機材や技術者も大打撃を受けている。これ以上犠牲を払って、あんな山奥の土地にこだわる合理性はあるのか?」  貴族たちは一様に困惑気味の表情を浮かべ、遠慮がちにエンリケの決定に対する疑問を口にしている。リオは危機感を覚えた。 (今はまだ、疑問のレベルで収まっている。でも、これが一旦不満に転じたら、兄上の支持基盤が揺るぎかねないぞ......)  旧アルゴン軍との戦いに向けた足並みが揃わないうちに、アーロンの率いる軍は、急速にティエラの王都へ近付く。国王エンリケの名のもと、臨時議会が招集された。 「旧アルゴン軍を討伐するため、騎兵隊を中心としたティエラ騎士団を派遣する。  我が弟リオ。そなたを団長に任ずる」 「......国王陛下のご命令とあらば。兄上のため、我が国のために、この生命を()して戦いましょう」  内心の驚愕や葛藤を抑え、リオはきっぱり言い切った。 「陛下は、王太子殿下に死ねと言うのか!」  第一位王位継承者を、素人の集団のリーダーに立てて戦場の最前線に送るとは。議会中の貴族たちが慌てふためき、ざわめいた。  議会から私邸に戻ったリオを、既に噂を耳にしていたトマスが険しい表情で出迎えた。 「まさか国王陛下が、リオ様を戦場の最前線に送り込むとは......。大司教様のお口添えを頂き、至急、実戦経験のあるベテラン軍人や、信頼できる傭兵を集め、リオ様をお守りする準備をいたします」  リオは真剣な表情で頷きながらも、アーロンのことを考えていた。 (アーロン。君も今、戦場に立っているのだろうね。君のことだから、きっと最前線にいるに違いない。勇敢な王を何としても守ろうと、臣下が奮起する様子が目に浮かぶよ)  戦場に立つのはリオだって怖い。しかし、同い年のアーロンも王として立っているのだ。彼と戦場で相まみえる時、二人は、敵対する二国を代表する者同士になる。  一方、リオにとって忘れられないアーロンは、誰よりも愛しい人だ。同い年の若者として寂しさや苦しさに共感してくれた優しさ。熱っぽい眼差しで自分を見つめ、何度も優しく口付け、リオの身体にこもった熱を指や舌で慰めてくれながらも、最後までリオの純潔を守ってくれた思いやり。彼の唇の感触や、肌の熱さ、蠱惑(こわく)的なスパイシーな香りを思い出すと、リオの胸の奥から、ふつふつとマグマが沸騰するような彼への気持ちを痛感させられる。  彼への気持ちは、一国の王子の立場とは関係ない。一人の青年としてのものだ。  祖国への忠誠心と、王太子としての責任感。  彼の身を案じ、会いたいと思う恋心。  いざ戦場でアーロンの姿を目にした時、どんな気持ちになるのか、リオには想像もつかない。ただ、彼を自分の手で殺すことなど、絶対にできないだろうという確信はあった。  複雑な思いで出立の準備を急いだ。リオに与えられた日数はごく僅かだ。別れを告げる身近な親族も殆どいないが、両親の墓前と、大司教のところへは出向いた。 「大司教様。様々なお心遣いを頂き、ありがとうございました。再び生きてお目に掛かれるか分かりませんが、心より感謝申し上げます」 「王太子殿下。生きて帰られよ。この国の未来を担う、そなたのご武運をお祈りする」  大司教の緑眼は、孫の本格的な初陣を見守る祖父のような慈しみの色を帯びていた。優しく両肩にそっと置かれた彼の手の温かさと同様に。リオは、感謝の念を込めて、大司教と同じ緑眼で見つめ返した。  私室で乱れる胸を落ち着かせようと試みていたリオを、トマスが迎えに来た。 「リオ様、そろそろ出発のお時間でございます」 「うん。......トマス、これまで色々ありがとう。後のことは頼む」 「無事のお戻りを心からお祈りしております」  瞳を潤めるトマスを、リオは優しく抱擁した。 「最後にひとつだけお聞かせください。アーロン王と戦場で会ったら、どうなさるおつもりですか」 「分からない。......本当に、分からないんだ」  凛々しい若武者が、恋仲にある相手のことを問われ、途端に戸惑った切ない表情を浮かべるのを見た忠臣は、優しく主人の肩に手を添えた。 「アーロン王のリオ様へのお気持ちが真剣なものだということは、承知しております。さもなければ、アルファの彼が、ヒート中のオメガに手を出さず傍にいることなど、できません。ましてや、敵国の王子を手玉に取る絶好の機会。それをみすみす見逃すような、間の抜けた男ではないでしょう。  リオ様。......どうぞお心のままに。あなた様が幸せであること。それが、亡きご両親の一番の願いかと存じます」  恋に悩む息子を案じ、見守る父のような表情で、トマスはリオに微笑み掛けた。  槍や剣から我が身を守る甲冑(かっちゅう)は、その頼もしさに比例してずっしりと重い。一日の行軍が終わり野営地に着くと、着慣れなさと戦を目前にした緊張で、リオは疲れ果てていた。周りを見渡すと、騎兵隊の大半を占める従軍経験のない若い貴族の子弟たちは、リオ以上に疲労の色が濃い。 「ティエラの勇敢な騎士たちよ。我々は一番大変な初日を乗り切った。明日以降に備えて、みな、よく休息を取ってくれ」  リオが声を張ると、彼らはホッと安堵し、隊長を信頼する表情を浮かべた。だが、彼自身は眠れない夜を過ごした。明日の我が身への不安がないと言えば嘘になる。しかし、「自分たちのものだった土地を返せ」と要求する旧アルゴンの民を退けてまで、一体ティエラは何を得たいのだろう。 (僕は、ティエラのために尽くすのは全く惜しくない。でも、この戦いに、本当に大義はあるのだろうか......?)

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