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第13話 敵国の王と王子として

 翌朝、部隊は準備が整い次第、行軍を再開する。そしてティエラ領と旧アルゴン領の間を流れる川を挟んで、両軍は遂に相まみえた。 「これがアルゴン騎士団......」  手練(てだ)れの傭兵が、ボソリと呟き、ぶるっと武者震いをした。手入れの行き届いた逞しい馬たち。その上に跨る騎士たちは、身じろぎ一つせず、言葉一つ発さない。それが余計に威圧感を発している。彼らが身につけている甲冑(かっちゅう)は、数多の戦闘を騎士と共にくぐり抜けてきたことを示すかの如く、年季が入った鈍い光を放っている。  片や、ティエラの急ごしらえの騎士団は、貴族の子弟中心だけに、立派でお金の掛かっていそうな装備ではあるが、いかにも新品だ。どうにも板についていない。  双眼鏡で確認するまでもなく、リオには、アーロンが見分けられた。彼は騎士団の真ん中に陣取り、白い飾り羽の付いた(かぶと)、鎧の上に赤褐色のマントを羽織っている。 「中心にいる白頭(はくとう)(わし)のような装束の男が、アーロン王です。......あの白い飾り羽の冑は、アルゴン国王が戦場に立つ時のものです」  ベテラン軍人がリオに耳打ちする。リオは頷き、そっと胸元に手を当てた。アーロンが掛けてくれたネックレスは、今も肌身離さず付けている。彼との絆、そして彼への自分の気持ちを確かめることで、この異常な事態に本来の自分を見失いそうになるのを止めたかった。  甲冑に身を包んだアーロンからは、威厳や貫禄すら漂っている。つわもの揃いの騎士団の中にあって、(いくさ)慣れした風格では全く見劣りしない。それどころか、彼らを従える迫力すらある。とても自分と同い年の若武者とは思えない落ち着き払った様子は、彼が既に何度も死線をくぐり抜けてきたことを言外に示していた。  固唾を飲んで睨み合う両軍の沈黙を破ったのはアーロンだった。彼は馬を降り、騎士団の前に進み出、よく通る声で川の向こう岸から叫ぶ。 「ティエラの騎士たちよ。()がアルゴン騎士団の強さは知っておろう。貴君らの大半が、職業軍人ではなく、従軍経験もないことは分かっている。前途ある若者を無駄に殺したくない。ここは一騎打ちで勝負を付けないか。(われ)はアルゴン王アーロン。かかってこい!」 「貴殿の申し出、承知した。両国の貴重な人命を無駄にしたくないのは同感だ。ティエラ王太子リオ、お相手(つかまつ)る!」  周りの手練れの騎士たちが慌てふためく中、全く躊躇せず、リオは自ら名乗りを上げた。 「王太子、おやめください! アーロン王は王太子と同い年とは言え、先の戦争でも、騎士団の中核的存在。歴戦の勇者です。私どもにお任せを!」  リオは、きっと彼らを見渡した。 「ダメだ! アーロンは王の重責を負いながら、戦場の最前線に出てきている。しかも、自分が命を張って一騎打ちすると言っている。ここで僕が行かなければ、ティエラの恥だ」  正論に、誰もが言葉を失った。リオは小さな笑みを浮かべた。 「僕は、ティエラの王太子だ。責任を果たさずには帰れないよ。もし僕が死んだら、王太子は正々堂々と戦ったと、みんなに伝えてくれ」  馬を降り、マントを脱ごうとしたが、指が震えて、うまく紐が解けない。威勢よく名乗りを上げたのは良いが、ひどく緊張しているようだ。  それもそのはず。山小屋の一夜、ごく近い距離で殺気立つアーロンと接し、しなやかな筋肉を纏った身体に触れたリオは、彼の強さを痛感しているのだから。アルファとオメガというバース性の差こそあれ、精神面でも肉体面でも、彼に勝てそうな要素は何もない。リオ自身が、そのことを一番よく理解している。  リオは大きく息をついて、ナイフでマントの紐を断ち切った。 (もう二度と、これを着ることはないかもしれない)  チラと、そんな考えが脳裏をよぎった。  渡された槍を持ち、両国の領土を繋ぐ橋へと足を進める。既にアーロンは、橋の真ん中で待っていた。もう二度と戻ることのない道程かもしれないと覚悟しながら、リオは橋を歩いていく。走馬灯のように、思い出が脳裏を駆け巡る。優しかった父母。心配性のトマス。細やかに身の回りを整えてくれたメイド長。食の細かったリオが少しでも食べるようにと、様々な食材を探し、手の込んだ食事を用意してくれた料理長。必ずしも給金も良かったとは言えないだろうに、朗らかに良く尽くしてくれた若い使用人たち......。  きゅっと唇を引き結び、槍を握り直す。もう冑の隙間から琥珀の瞳が見えるほどの距離だ。恋しい人であり、敵国の王でもある彼の胴に向けて槍を構え、リオは駆け出した。

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