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第13話

「うっそ、バレたの!?」 第二音楽室から寮へと戻った俺達を待ち構えていたのは大量の袋を抱えた晃だった。 どうやら晃と美鳥はほとんど同時刻に帰宅したらしく、部屋の鍵がなかった為困っていた美鳥に俺の居場所を伝え、自身はずっと大量の荷物と共に部屋の前で待っていたらしい。 歓迎会でもやろうよと、買い込んだらしいジュースや菓子類の袋を突きつけられ、それならばと寮の食堂から夕食を持ち帰り美鳥の部屋へ運び込んだ。 で、乾杯をしたところで事の顛末を掻い摘んで話した結果、冒頭の絶叫となったわけだ。 「帰ってくるの遅いなとは思ってたけど……音聴いてわかったって、どんだけsikiマニアなのさ。」 ちらりと背後を振り返った晃が苦笑する。 そう。昨日はあえて目をそらせていたから気づかなかったが、美鳥の部屋のCDラックには俺のCDが綺麗に各三枚ずつ並んでいた。いわゆる保存用、布教用というやつらしいが……いや、どんだけだよ。 「Midoriは僕が初めて聴いたsikiの曲なんだ。初めて聞いた時はもう衝撃で、ショップで泣いちゃって。」 「あ、Colorだね。あのアルバムなら僕はSky blueが好きだなぁ。」 「あの曲もいいよね!車のCMで初めて流れてきた時は思わず反応しちゃった。」 「あー、わかった。もうわかったから。」 本人の目の前でむず痒い話をするのは勘弁してほしい。 どうにも居心地が悪くて視線を泳がせていたのだが、そんなことお構い無しに美鳥はローテーブル越しにずいっと身を乗り出してくる。 「でも、でもっ、ご本人にお会い出来る日がくるなんて思ってもみなかったので、どうしても感想を…」 「なんで敬語に戻ってんだよ。普通でいいよ普通で。」 落ち着けと空の紙コップに烏龍茶を注いでやれば、美鳥はそれをこくりと飲み干しふぅ、と長い息を吐く。 「昨日初めて会った時は凄く大人びて見えたから、まさか同い年だと思わなくて。でも、そうだよね。こんなに凄い人なんだもん。オーラが違って当然だよね。」 「いや、それ色が無愛想で老け顔なだけなんじゃ…」 「お前は黙ってろ。」 「他の人とは違うんだよ!とにかく、sikiの曲は音の使い方が斬新で、一音一音が綺麗で…」 またむず痒い話題に戻る。さっきからこの調子で美鳥の勢いはとどまることを知らないのだ。俺は頭を抱えるしかなかった。隣ではそんな俺達の様子に晃が腹を抱えて笑っている。 こいつらの飲み物、酒でも入ってたんじゃないか? 疑いたくなるくらいには二人のテンションについていけず、俺はもうさっきからため息しか出てこない。 「まさか身近にこんなにも重度なsikiファンがいるとは思わなかったな。これは、緑ちゃんヤキモチ妬いちゃうんじゃない?」 「ぶっ、ごほっ、ごほっ、」 適当に話を聞き流していたのに、今のは聞き捨てならなかった。 気管に入ったコーラに噎せかえれば、晃は照れたとでも勘違いしいたのか楽しげに話を続ける。 「色はねぇ、幼なじみの緑ちゃんに告白するのに二年もかけた超奥手でさぁ。ま、六歳年上じゃ仕方なかったのかもだけど。」 「恋人、いるんだ。」 「そうなんですよお兄さん。これがスラットした美人でさ…むぐっ」 「いい加減にしろ。」 これ以上余計な事を言う前に晃の背後に回りこみ、その口を塞いでやる。 そういえば、晃には話していなかった。緑と付き合う事になったと告げた時、自分の事のように喜んでいたのを思い出して、なんとなく言えないままここまできてしまっていたのだ。 バタバタと腕の中の抵抗が次第に収まったところで解放してやり、俺はなんと告げたものか気まずさに頬を掻いた。 不思議そうにこちらを見上げる瞳が、罪悪感に拍車をかける。 「えーっとだな。その、……緑とはもう終わってるんだよ。」 「はぁ!?」 「ぐ、」 いきなり胸ぐらを掴まれた。 がくがくと思いっきり揺さぶられ、美鳥の静止も虚しく俺はそのまま床に押し倒される。 首を絞めんばかりの勢いに気圧され、俺は無抵抗で思いっきり床に頭をぶつけた。 まぁ、元はと言えば自分でまいた種だ。こぶの一つや二つ、仕方のないことだと思う。 「え、なにそれ聞いてない!いつの話!」 「……一年くらい前。」 「はぁ!?なんでそんな大事な事、っていうかなんでそんな事に…………って、」 す、と服を掴んでいた手が離される。 察しのいい友人は、俺を助け起こしてからごめんと小さく呟いた。 「……そうだよね。色から、なわけないか。」 ぽんぽんと肩を叩かれそれ以上何も言わない晃に、美鳥も察したらしい。 いきなり冷えきった空気に、どうしたものやら。 それを打開したのはコンコンッと部屋の扉をノックする音だった。 美鳥がはい、と返事をするよりも早くガチャりと無遠慮に開かれた扉から入ってきたのはTシャツにスウェットというなんともラフな格好の木崎だった。 「お前達、今何時だと思ってんだ!」 どうやら消灯前の見回りに来たらしい木崎は俺たち三人と部屋の惨状を一瞥して面倒くさそうに髪をかきあげる。 そこに、まあまぁと晃が紙コップを手渡した。 「あ?なんだこれ。」 「よし、木崎ちゃんも来たし、今日は飲もう!とことん飲むぞ!」 「お、お付き合いします!」 「……いや、どこのサラリーマンだよお前達。」 俺のツッコミも虚しく、妙なテンションの二人は再び紙コップにジュースを注ぎ、何故か再び乾杯モードに突入している。木崎もコップ片手に訳が分からないと、呆然と立ち尽くしていた。 え、なんだこれ。 美鳥からコップを差し出され、勢いで受け取ってしまったが、え、なんでこんな流れになってるんだよ。 「それでは、色と遅くなったけど美鳥君の歓迎を祝して。それから色の失恋記念に!」 数時間前より余計な項目が足された乾杯の音頭に俺は再度頭を抱えるしかなかった。 「それでは、改めまして!かんぱーい!」 カオスな空気の中で何故か俺たち四人は紙コップを軽く合わせて、気の抜けた炭酸を一気に煽った。 もちろん、その後我に返った木崎にガッツリ怒られたのは言うまでもない。

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