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閑話 最高の結末
「あー、すいません。ここって未成年入れても大丈夫ですか?」
「保護者の方がいらっしゃるなら問題ありませんが……失礼ですがお二人はご兄弟、ですか?」
向けられる視線に、先生は言葉を詰まらせた。
宿泊している三ツ星ホテルのバーカウンター。予約でいっぱいだったレストランでの食事を諦め、軽食でもとれればとダメ元で空いていたカウンターで先生が声をかけてくれたのだけれど、バーテンダーさんに逆に聞かれて先生は一瞬固まってしまった。
「えっと、」
「従兄弟でーす。僕の失恋旅行に人のいい従兄弟を連れ回してる最中なんです。」
すかさず僕が背後から顔を出し笑顔を貼り付けて適当に答えれば、モデルみたいにすらっとしたクールなイケメンさんは、それはそれはと小さく笑って僕達をカウンター席へ通してくれる。
あまりに自然に嘘を吐く僕に、呆れのため息と眼差しが向けられたが、そこは見なかった振りをした。
「失礼いたしました。軽食とノンアルコールもございますので、どうぞ。」
メニューを受け取りながら、僕はいえいえと笑顔を貼り付けたまま答える。
「最近色々ありますもんねー。家出とかパパ活?とか。」
「ごほっ、」
ようやく自分が疑われていたことに気づいた先生は盛大にむせ返った。
まぁ、普段から軽口叩いてはいるものの、一回りも歳が離れているんだから兄弟や友人と言うには無理があるだろう。
だからといって友人をマスコミから守るために世界のマエストロから無理やり部屋を取ってもらった高校教師とその教え子ですなんて馬鹿正直に説明したところで意味不明だし信じては貰えないだろうし。
ここは従兄弟設定を通すのが得策だと思ったんだけど。
「この人一応職業は教師なんで心配いらないですよ。ね、総士 さん?」
「……あー、そうだな。」
話合わせてよね、と視線を送れば、先生は何やら言いようのないしぶーい顔を返してきた。
従兄弟設定、どうやらお気に召さなかったらしい。お兄ちゃんって呼ばれるよりはましだと思ったんだけど。
先生はバーテンダーさんに適当に軽食を頼んで、奥の調理スペースへと消えていったのを確認してからぽつりと口を開いた。
「……で、首尾はどうなんだ?」
「ま、今の所はいい感じかな。朝倉さん…雑誌の担当さんがね、いい記事書いてくれたから。」
僕はスマホの画面をいくつか開いて、数時間前と同じような記事が並んでいることを確認してから画面を閉じた。
今の所は問題ないようで、僕はほっと息を吐く。
「美鳥君には明日頑張ってもらわないといけないからね。……少しでもいい流れになってくれてればいいけど。」
僕に出来ることはここまでだから。
思わず愚痴れば、僕の頭にぽん、と大きな手がのせられ髪をやさしく撫ぜられた。
「ったく、……片想いの相手持ってかれたってのに、どんだけお人好しなんだよ、お前は。」
その声が苦しそうなのは、同情からだろうか。
なんで先生の方が辛そうなのさ。開きかけた口は、バーテンダーさんが戻ってきたので噤んだ。
何となく会話につまって、僕は運ばれてきたサンドイッチに手をのばす。気まずいわけでないけど、その先は触れてはいけないような気がしたから。
「何かお作りしましょうか?」
空気を読んでくれたのか、バーテンダーさんからかけられた一言に、先生はあー、とくせっ毛を掻き乱した。
「じゃあ、ギムレットを。あと、こいつに何かとびきり甘いやつお願いできますか?」
かしこまりましたと一礼して、バーテンダーのお兄さんは僕たちの前に色とりどりの小さなボトルを並べた。
やがて静かな空間にシェイカーを振る小気味いい音が聞こえてくる。
映画やドラマでしか見たことない、ちょっと大人な光景。
そのクールな目元と綺麗な指をぼんやりと眺めながら、今更ながらに僕はさっきの先生の言葉がじんじんと胸に響いていた。
今日僕は二度目の失恋をした。十年を越す長い長い片想い。でも、不思議と涙は出なかった。
隣から僕に向けられる物言いたげな視線に、僕は笑って応える。
「大丈夫。せ…総士さんが思ってるほど落ち込んでないよ。親友同士で引っ付いてくれたんだよ?一番いい終わり方っしょ。」
トドメをさしてほしかった。どうやったって報われないんだって、思い知らせてほしかった。
櫻井色 を彩華 に誘った目的は、当初の予定とはかなり違う形にはなったけど無事達成されたわけだ。
「辛くないと言えば嘘になるけど、それ以上に今は嬉しいかも。」
笑って言えば、目の前の顔は辛そうに歪められる。
でもこれは、強がりでもなんでもなく僕の本心だった。
互いが互いの為に存在している。あの二人には他の誰もが割入ることができない何かがある。もう、清々しいほど完敗だった。
その相手が美鳥君で本当によかったと思う。彼にはこれからうんと幸せになってもらわなきゃ。
「そりゃ色の事は好きだよ。でもね、美鳥君の事も大好きだから。だから、二人のために僕に出来ることはやるつもりだよ。」
僕が笑えば笑うほど、先生の眉間のしわが深くなる。
まるで、僕の代わりに悲しんでくれているみたいに悲痛な表情。
「お前はもう少し、自分の事も考えろ。……晃 。」
その唇が、咎めるように僕の名前を呼ぶ。
どきりと、心臓が跳ねた。
いつもと違う声、いつもと違う真面目な表情。
僕の話を笑い飛ばすでもなく、めんどくさいと言うでもなく、ただ真っ直ぐ僕だけを見て紡がれる言葉。
返す言葉が見つからなくてその視線から逃げるように瞳をそらせば、タイミングよくシェイカーの音が止み、僕らの前に二つのカクテルグラスが置かれた。
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