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第1話 再会 

 店のレジにTシャツと、マスコットがついたポーチをお客さんが置いた。どちらにもうちの店の緩い犬のキャラクターのPONがついている。 「ありがとうございました」  店の外までお客さんを見送って、店に並んださっき売れたポーチを眺める。  この店で売っていたPONのポーチにキャラのマスコットを付けたらどうだと言ったのは陽太だった。 「よーちゃんのつくってくれたマスコットのポーチよく売れてるね」  店長が話しかけてきた。年は一見見ただけではわからなくて聞いても教えてくれない。若くしてこの服と雑貨のセレクトショップcarmine(カーマイン)をてがけている。 「そんな」  謙遜しつつも、実際にポーチは出した最初からよく売れていて嬉しい。 「なんかちょっと前まで、もめてたから、元気になって嬉しい。またなんか思いつくことあったら言ってよ」 「はい」  元気よく返事した。少し前に彼氏と別れたところだった。別れ話がもつれ、プチストーカーとかした彼氏が店にも来てしまって店長にも迷惑をかけたのに、店長が鷹揚にいてくれて助かった。 「次はいい人現れるといいね」 「しばらくはいいです。特にノンケは」  いまは恋愛のことは考えたくない。ノンケの人は僕の見た目なら男もいけるみたいな軽い気持ちでつきあってくれるだけで、結局は僕を選ばない。かわいい男とかわいい女ならかわいい女を選ぶのは当然のことだ。  バイトから上がって春に社員になって半年がすぎた。仕事に関しては順風満帆だからしばらくは仕事に専念しよう。そもそもゲイがあまりロマンチックなことはのぞまないほうがいいのかもしれない。 「いらっしゃいませ」  背の高いイケメンがはいってきた。すっととおった鼻筋がきれいであまり主張しすぎない目と口は最近はやりの塩顔のイケメンだ。  今、仕事に精を出そうと考えてたばかりなのに、こうしてイケメンが現れるとすぐに目が奪われる。それでも見るだけだから許してほしい。  この店はユニセックスめの服を売ってるので客層は男女とわずだけど、イケメンはシンプルな高そうな服を着ていたので珍しいタイプだ。 「これ、かわいくない?」  そう思ってると後ろから歩いてきた女の子が店先に飾ってるPONのパーカーを指さした。  女の子は笑顔を振りまいて無邪気にイケメンに話しかけている。やっぱりイケメンには彼女がいる。ノンケはだから駄目とすぐに自分に言い聞かせて心に刻んだ。  こんなイケメンなんだからたぶんかわいい部類の女の子なんだろう。女の子の容姿はさほどわからない。  昔から、女の子に全然興味がなかった。人間として仲良くなることはあってもそう言う対象じゃないと気づいたのははやくて、物心ついた時には男の子の走る姿ばかり目で追っていた。 「買うの?」  イケメンの声は低くてそれも好みだったけど、なにか耳から抜けずに頭に残るようなとっかかりを感じた。 「どうしようかな」  顔を服を整理しながら盗み見る。イケメンは店の中を見回している。あまり自分が買うような服じゃないから珍しいのかもしれない。  ふと、イケメンがこちらを見た。なんだろう。見過ぎただろうか。 「いらっしゃいませ、なにか気になるものはありますか?」  営業スマイルをばっちり張り付けてイケメンの前に行く。イケメンは俺の顔を見て目を見開いた。 「……陽太?」  名前を呼ばれてはっとした。声がやたら頭に張り付いたのは、聞いたことがあるからだ。 「智君?」  彼は僕の幼馴染みで好きな人だった。 ※※※※※ 「松本智君です。みんな仲良くしてあげて」  習い事で通ってた書道教室にやってきた子は見たことがある子だった。同じクラスになったことはないけどすごくかっこよくて、目でおいかけていたことがある。  教室の端でいつも窓の外を眺めていたその先、運動場でたくさんの男子とボールを追いかけてた背中、太陽は自分をいつでも指しているみたいな笑い声。 「松本君は結城君と同じ学校で同じ四年生だから」  先生がそういう風に言ったので僕は頭をさげた。伺いみた松本君は僕のことを不思議そうにながめてたいから、きっと僕のことを知らなかったんだろう。そうだろうと思っていたのに内心がっかりした。 「仲良くしようね」 「あぁ、よろしく」  気を取り直して挨拶すると、智はにこりと笑って元気よくそう言った。  正座で座らされた智はむずむずと動いている。智を見るときはいつだって休み時間の廊下や運動場で大勢に囲まれて賑やかだった。静かな部屋で座っているなんて授業以外でやったことがないだろいう。  習字は授業であるからやったことがあるはずなのに、硯を肘で落としてしまわないか横で見ているだけでもハラハラした。  筆もちゃんと持てないのかぐらぐらと不安定で先生が持ち方から教えている。智は筆に墨をつけていきおいよく紙に置いた。一画目はじゅわっと紙に溶けて、そのまま一文字目をどうみても紙の大きさに対していれる文字数を全く考えていない大きさで書いた。勢いのまま最初の文字が書かれて案の定、最後の文字がちいさくつぶれていた。字が汚いから習字にいれられたんだろうなと一発でわかる一枚目だった。  先生は渋い顔をして教えていたけど同じ時間に小学一年生の子供がいて手を焼いているものだから、ちらりと僕を見た。 「松本君、結城君とはお手本同じだから、うまい人の書くところを見るのも勉強になるよ」  僕は一年の頃から通っていて、たぶん字はうまいほうだ。  先生からの目線をもらって僕は背を正した。智が僕を見ているのがわかる。正しくは手元だけどそれでもどきどきする。昨日までは僕は彼に認識されていなかったのに彼の瞳に確実に僕が写っている。  新緑の季節というお手本は先週も書いたからきっとうまく書けるはず。手が震えそうになるけど、硯で筆に墨をつけている間に何とか精神統一をする。筆がふるえればもちろん字も震える。一呼吸を置いて目の前の紙に集中する。手の震えは止まった。一画目、二画目、までうまくいった。新緑の、と一列目を書き終えて、季節、まだ気を抜かないように。最後まで書き終わって一呼吸置く。  いつもよりもいい。今日はこれよりいいのはもう書けない。  うまく書いたけど緊張して、智の方は見れない、そもそも最後まで見ていてくれてたんだろうか。 「すげぇな、お前。どうやったら、うまくかけんの?」  智の声が聞こえて、智の方を見た。ぱっと花が咲くような、笑顔が自分に向けられた。自分のなかに暖かいものがいっぱい咲く。  自分に向いた笑顔が嬉しくて、でもそれで自分の中に芽生えてしまったのはきっと届かない思いで。幼い自分でもわかる。これは彼にむけてもしかたがない思いだ。 「一杯練習したら、いいよ」  なんとか声をしぼり出した。ほんとはもっと、智にとって有益なことを言いたい。こんなんじゃ、もう僕に聞いてくれなくなる。 「じゃあ、いっぱいかこ」  智は姿勢を正して机に向き直った。その素直さに、僕は自分の恋心が抑えきれないことを自覚した。

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