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第2話 もう間違えない

「久しぶりだね」  昔の彼はよく言えば快活な少年だった。外で遊んでる方が似合う男の子っぽい男の子。膝の頭をいつも怪我してるような男の子だった。 「うん、久しぶり」  いまはそういうやんちゃな部分があか抜けた感じにすげ変わった。茶髪を遊ばせて、服もモノトーンでまとめたうえでシルエットが細い。自分がイケメンってわかっているような、自分はずっと日の当たる場所を歩いてきたというような快活さ。  陽太という名前なのにいわゆる陰キャで、クラスのなかでいつもひっそりと浮いていたような自分とは本来話すような相手ではなかった。 「いま何してんの? バイト? というか陽太ピアス凄いね」  智は自分の耳を触って笑った。笑った顔は昔と面影があって、あの頃の教室や、ふたりですごした気持ちが心の中になだれ込んだ。  こうして声をかけてくれるのは習い事で同じ学年が僕しかいなかったからにすぎないのに、もう自分なんて忘れられていると思っていたのに。  彼が好きだった。自分に早すぎた恋心で決して言うことは出来なくて、それでも日々彼のことを目でおって嬉しくて、つらかった。 「バイトじゃなくて、ここで春から就職してる」  どうにかこうにか、営業スマイルを固定したまま話す。 「まじで、もう働いてるんだ」 「そう、服飾系の専門行ってて、松本君は?」 「Y大通ってる。おれは陽太って呼んだのに松本君ってこそばいじゃん。昔みたいに智君ってよんでよ」  にこっと人付きのする笑顔はいつだって自分の主張が通ると思っていて、甘え方が上手かった。それにしょうがないなって言う時、いつも僕は甘い気持ちに浸れた。  こんな距離の詰め方をされたら、また勘違いしてしまう。昔もそうだった。学校ではろくに話しかけてこないのに、二人の時や書道教室の時はとてもなつっこい。 「智君、かっこよくなったね」  智君と自分の口から出るとよりいっそう昔の雰囲気がここにたちのぼって思い出されるみたいだ。僕が呼ぶといつもにこっと返事してくれる智君。僕は彼と仲がいいと思っていた。 「おれは昔からかっこいいじゃん、おまえこそめっちゃあか抜けた。その服似合ってる」 「ありがとう」  服飾の学校にいってずいぶん僕の見た目は変わったと思う。智は昔の教室の隅にいた地味な僕のことを知っているはずで、あか抜けたって言葉は昔を揶揄してるような嫌な感じにも受け取ることはできるけど、智の笑顔で言われると純粋に良いと言ってもらえてる気がする。  「ねぇ、智」  店の外に出た彼女が声をかけてきた。二つ結びにした髪の毛はきれいにカールされていてこの子も自分がかわいいとわかり切ってる様子だ。  はっと我に返る。ノンケはだめで恋愛はしばらくいいって何度も何度も言い聞かせてるのに、智に目を奪われていた。  女の子は智の腕をひく。  「また今度飯でもいこうぜ」 「うん」  ひらひらと手を振って女の子にひかれるままに智は店を出た。  店を出たお似合いの二人を見送った。まさに嵐だった。たくさんの思い出が自分のなかでかき回されて茫然とする。 「なに、かっこいいね。昔の男」  オーナーが店の中から顔を出した。 「違います。見たでしょ、彼女持ち」 「略奪しちゃえば」  ぼくは大げさにため息をついた。 「さっきも言ったでしょ。ノンケはないです」 「そんなこと言って、好きになれば関係ないよ」  好きになれば関係ない、その言葉はとてもよく刺さる。だめだって思っても恋心は僕の言うことを聞いてくれたためしがない。  智のことを見て、こんなにも動揺してる。楽しかったあの頃の僕の幼い恋心がふわりと胸に香る。それと同時に思ったのは智は僕と釣り合わないということだ。太陽のような根っからの明るい智とやっと専門でデビューして友達が出来たような僕では釣り合うわけはない。あんな男が僕に仲良くするのはよっぽどの理由がある。昔にも理由があったように、彼がせめて友達でいたいという僕の思いも裏切ったように。  智の面影を追いかけるように、次に好きになった人も、前の彼氏もノンケの明るい人で、暗い僕をどこか見下しているような公平な付き合いじゃなかった。  前の彼氏がストーカーになったのも、僕が好きだからじゃなくて、ノンケの自分が上から付き合ってやってたのに、ゲイのさえない僕に振られたことに納得いかなかったからだ。  好きになった人も付き合う人もノンケだらけなのは、そういうコミュニティに行かないからだと思うけど、そういう場所もネットも怖い。だから偶然出会えた男もいける男に出会えて舞い上がって失敗する。付き合ってもらっているという思いから強く出れなくて、そんな僕に相手は付け上がる。 「女の子が好きな人は最終的に女の子に行きます。僕はそれを身をもって知ってるから、もう間違えません。それに彼は僕の事を友達とすら思ってない」 「だからって恋はやめられないでしょ」 「でばがめ禁止です」  僕はオーナーを無視して衣装を整えた。

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