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嘘で出来た男 2

 「幸せになりましょう。みんなで。簡単なことですよ」  その声はどこまでも柔らかく、心の中に落ちていった。  そう、会場の外で降る雨のように。  暖かな雨。  降る度毎に暖かさか増していく、柔らかな春の雨。  その男の声にはそんな響きがあり、会場の人々は安らぎに満たされた。   小さな町の公民館の集会所で、人々は椅子を輪にして座っていた。  その中心に立つ男の言葉は彼らには心地良い。  男の声は、彼らが望んでもあたえられなかったものを与えてくれると信じさせてくれた。  男の優しい、そう、温かみを感じさせるハンサムな顔も、暖かな明るい茶色の瞳も、話ながら親しげに人気を抱きしめるように動く両腕も。  使い込まれた職人のような、労働を知っているその指が自分達にむかって伸ばされるのも。  その指や腕、派手ではない質素な外見は、小さな町の人々の心を掴んだ。  外見は30手前に見えたけれども、どこか仙人のように枯れていて。  人々は男に夢中になっていた。  ここまで、男の話は楽しくて、人々は大笑いしてしまった。  身近な、自分達にもよくあるような体験版を男は実に楽しく話し、それに心が楽になるようなオチをつけた。  人々は男に恋していた。  こんなに優しくて楽しい男を他には知らないと思った。  男はどうにもならない苦しさを抱える人々に、一時とは言え、全てを忘れさせ、楽しい気分にしてくれるのだ。  「それではみんな立ち上がって、二人一組になって向かいあってください」  男が手を叩いた。  人々は笑い合いながら、椅子の輪の中で、10組のペアをつくった。  男は、一組一組にそれを手渡していく。  「渡した人から使いますからね」  男は言った。  人々は頷いた。  外でふる雨の音は、室内に柔らかく響く。  雨音に似た声で男は言った。  とても優しく。  「まずは腹を切り裂いて。結構力がいるから、力のない人は走ってぶつかるようにして下さいね」  包丁を手にした二人組の片方は、包丁をもっていない側の腹に思い切り包丁を突き立てた。  悲鳴は不思議なことにあがらなかった。  ニコニコと刺された側はその包丁を受け入れていた。  「体重をのせて下にひいて」  男は体操の指示でもしているかのように言い、やりにくそうな人々には少し手を貸し、手伝った。  ゆっくり崩れ落ちていく刺された側が、絶命するまで刺し、内臓をえぐり出すことまで、男は丁寧に教えた。  笑い合いながらそれは行われた。    腹を切り裂き、裂かれ、蠢く臓器に人々は感嘆した。  「手をいれてみて、温かいから」  男の言葉に人々はその中に手をいれ、その暖かさに感動した。  痛みも感じなかいかのように、刺される側も笑っていたが、それでも一人ずつ絶命していった。  血の匂い。  腸の内容物の匂い  泉のように血を吹き出し、人々は死んでいく。  相手が絶命した人には、男は自分の腹の切り方を教えた。  体を前に倒し、体重をかけながらする方法を。  人々は喜々としてそれにしたがった。  自分の内臓を掴みだし、笑いながら人々は死んでいった。   「確かに俺たちは生きていたんやなぁ」  年配の男は微笑んだ。  「血や肉がこんなに詰まってて、うまく収まっていて・・・生きていたんやなぁ」  微笑む。  「殺される時と死ぬ時に始めてそれかわかるんです、私はみなさんに体験して欲しかったんですね」  男はニコニコと言った。  「・・・いい匂いすぎますかね」  男はもう誰も動かなくなった部屋で笑った。 血と臓物の中の排泄物の臭いがたちこめていた。  窓を開けようとして男は気付いた。  端によせられ、まとめられたカーテンの下からはみ出ている靴に。  

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