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理由 8

 「かもな。従属者になったから引きずられているからかもしれない。誰かに執着されたことかなかったからそれに惑わされているだけかもしれない」  オレは認める。  大体この感情が何なのかオレをにもわからないんだ。  ドアのむこうで、誰がかか何かを苛立ちまじりに投げつける音がした。  盗み聞きするなら、せめてバレないようにやって欲しいな、嘘つき。  「でも選択したのはオレだ。オレは貞操観念の壊れたビッチで下半身は緩いけどな、感情で左右されるような男じゃない。オレは自分の意志であの男についていくって決めたんだよ。自分の責任で。この後何があったとしても、オレはあの男と人間のいない土地に行って暮らす。オレ、都会っ子でそんな場所は苦手なんだけどな」    オレは静かに言った。  決めたことだ。  ドアの外側は静かだった。  少年は困ったような顔をした。 わかっているからだろ?  そんなこと許されないと。  「駄目か?あの男が殺すのをやめてこの世界の片隅でひっそりとオレと暮らすのは」  オレは言った。  少年は苦しそうな顔をする。  「あの男は沢山殺した。本当にその場所で大人しく暮らすかもわからない」  少年は言う。   「ああ、そうだな。でもお前の捕食者だけは何故いいんだ?殺し続けているくせに」  オレは意地悪く言う。  「あの人が殺すのは悪者だけだ」  少年が泣きそうな顔で言う。  そこだろ。  お前のようないい子がアイツといられる理由はそこだろう。  それでなんとかごまかしているんだろ?  オレは小さく笑った。  可笑しくて、哀しい。  「じゃあアイツが悪者しか殺さなくなったら許してもらえるのか?捕食者を退治するようになったら?そうしたらお前の捕食者みたいに、生きていてもよいものになれるのか?」  オレは尋ねる。   答は決まってる。   嘘つきは何をしたところで生きても良いものにはされない。  もう、その席には少年の捕食者が座っている。   椅子は一つしかない。  嘘つきと捕食者の差なんてなにもないのに。    少年の顔が白い。  「捕食者は正義の味方なんかじゃない。・・・それは分かってるだろ。ただ、運良く生きていてもいい椅子に座れただけだ」  オレは後悔しながらそう言った。  この子にそんなことを言ってどうする。  この子は確かに捕食者を選んだかもしれないが、何も分からずこんな運命に放りこまれたのだ。  残酷に人が殺されるのを見続けて。  自分も人を殺して。  血まみれの、運命を。  この子が「正義」なんてものにしがみついて何がいけない。  この子には何の罪もないのに。  少年の顔が歪む。  「違う。正義だ。あの人は正義の味方なんだ!!何にも知らないくせに!!」  枕をオレに少年は叩きつけてきた。  泣いてる。  オレが悪い。    オレが悪い。  まだ子供なのに、追い詰めた。  叩かれるのにまかせる。  「・・・分かってないのは、あんただ。あの人は、あの人は、正義の味方の席が空いていたから正義の味方になれたんじゃない。あの人は俺の、俺の為に正義の味方になってるんだから!!」  少年が喚いた。  枕が飛んで、拳が皮膚を掠めた。  ピシッ  皮膚が切れた。  血が吹き出す。  え、何コレ。  何この拳の威力。  オレは思い出す。  この子なんかぽやっと可愛いから忘れてしまってたけど、捕食者の戦闘時のパートナーで従属者のくせに捕食者とも渡り合える戦闘力の持ち主だった。  オレを担いで3階から飛び降り、誰よりも速く走る化け物だった。  そういうとこ全く可愛いくなかった。  「何も知らないくせに!!」  枕が飛んでいったのもわからず、腕をふりまわしている。  あ、コレ、当たったら死ぬヤツ。  オレは死なないけど、頭蓋骨折られるヤツだ。  オレは必死でよけた。  ベッドのマットレスに拳大の穴が次々に空いていく。    うわぁ    絶対痛いだろ、これ。  てか普通死ぬ。  ドアを見てみたが嘘つきは助けに来ない。  オレが死なないから放っておかれている。  薄情もの!!  「私を置いていくのか」  声がした。    少年が正気にかえって腕を止めた。  あの子がベッドに起き上がっていた。    「どこから起きてた」  オレは聞く。  「あなたが部屋に入る前から。彼が自慰をしているから気を使って寝たふりをしていた」  ヌケヌケとあの子は言った。  少年は真っ赤になった。  そら、まあ、な。  布団を被って隠れてしまった。  震えている。    これでまた最初に戻った。  「お前ね、最後まで寝たふりするのが優しさだぞ」  オレは言ってみる。  まあ、この子にそんなことを求めても仕方ない。  オナニーを見られたら恥ずかしがるというのに思い至っただけでも誉めてやりたい。  「すまない。次回からはそうするよう心がける。あなたは行ってしまうのか?私達を置いて」  あの子はオレに言う。  無表情で平坦な話し方、まるで感情がないかのよう。   でも、その目だけはオレを強く見つめている。  「うん。ごめんね」  オレは謝る。  あの子は黙る。  この子は止めない。  人を自分に従わせようなんて思いもつかない。  「今までも長く会えなかったことはあった。だろ?」  オレは言う。  「またあなたに会えると信じていたから平気だった」  あの子は言う。    待っていてくれる。     ずっと待っていてくれる。  会いにきたり、気持ちを伝えたりする事は出来なくても。  彼女はずっとオレを待っていてくれる。  「じゃあ、また待っていて。オレがどこかへ行ってしまってもオレを待っていて」  オレは頼みごとをする。  この子が待ってくれていると思うことは、それだけで胸に暖かい火が灯る。  「じゃあ待っている。ずっと待っている」  彼女は微笑んだ。  待っていてくれる。  何があっても。  もう会えなくても。  彼女だけは本当に待っていてくれる。    「愛してるよ」  オレは囁いた。  「愛している」  彼女も応えた。    オレがアイツへの嫌がらせのために、冗談半分で始めたやりとりだった。  この子に「愛してる」と言うとこの子が素直に「愛してる」とかえすのが、アイツを苛立たせ、それが楽しくてたまらなかった、子供の頃からのやりとり。  今は本気で言っている。  オレは彼女と微笑み合った。   愛しい愛しい恋敵。  でもオレは彼女を愛しているのだ。    少年は布団の中で震えていて、  嘘つきはオレと彼女のやりとりにまた癇癪を起こして何かをドアの外で投げている。   嘘つきもアイツと同じだな。  だから盗み聞きするならもっとちゃんと盗み聞きらしくだな・・・。  オレはため息をついた。  オレは震えている布団の塊の、耳があるとおぼしき場所に、口を当てた。  「この子を頼む。助けは求めてある。気づいて貰えるはずだ。オレは助けが来たらあの男を連れて逃げないといけない」  ドアの外の嘘つきに聞こえないように囁いた。  オレはこのゲームをやり遂げないといけない。  嘘つきの虐殺を止めて、傭兵と嘘つきを欺く。  尚且つ、捕食者とアイツから嘘つきを連れて逃げ切り、嘘つきと誰もいない土地へ消える。  はっきり言って無理ゲーだ。  めちゃくちゃ難しいゲームだ。  でもやり遂げないといけない。  その間、あの子の安全を少年には守って欲しかった。  少年が布団からひょっこりと顔を出した。  よく分からないと言った顔だ。  「・・・お前はちょっとばかり素直すぎるよな。この際だ、しっかり勉強しな。覚えとけよ、この世界は難解なゲームだと分かって、ゲームをよく理解出来れば生き残れる。お前はお前の邪悪な捕食者以上にゲームを理解出来るようにならないと」  オレは言った。    捕食者はゲームが得意だ。  嘘つきもゲームが得意だ。  でも奴らは邪悪だ。  それに対抗するためにはその上をいかないといけない。  「大事なことは理由だ。それが分からないとゲームを攻略できない」  オレは自分に言い聞かせるようにいった。    理由。    何故嘘つきは大量虐殺をしようとしている?  ただ殺すだけに飽きたらず。  それが分からないとこのゲームは攻略できない。  「理由」  少年は繰り返した。  「理由が一番大事なんだ」  オレは少年にレクチャーした。  

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