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出口のない部屋 4
震える指がオレの髪に触れて、オレは顔を上げた。
彼女が傍らの床に座っていた。
彼女が震える指でオレの髪を撫でていた。
その目には苦痛に似た光があった。
人に触れることを嫌う彼女が。
オレが泣いたから・・・。
だめだよ。
本当に分かっていない。
そんなことを、そんな優しさをこんな酷い男に向けてはいけない。
オレは彼女を抱き寄せた。
小さな悲鳴があがる。
ああ、そうだ。
これは苦痛でしかない。
「触れたい。触れたいんだ」
彼女の耳に囁く。
可哀想に彼女に拒否権はない。
デカい男の腕の中で、小さな身体を強ばらせる彼女は哀れで愛しい。
「触らしてくれ・・・」
それは哀願の形をした宣告だ。
彼女は顔を歪める。
泣き出しそうだ。
逃げられないことはわかっている。
「助けてくれ」
オレは被害者に助けを請う。
指はブラウスのボタンを外し、その肌を這っている。
彼女にはこの指は焼ける鉄の棒でしかない。
「助けてくれ・・・オレを・・・」
オレは彼女を床に押し倒す。
可哀想な。
可哀想な彼女。
「口で・・・する」
彼女が必死で言う。
せめてもの、せめてもの妥協だ。
いつもなら大抵はオレもそれを受け入れる。
彼女の口に放つことで。
それでも彼女には相当の苦痛だ。
「・・・駄目だ。欲しいんだ」
オレは呻く。
死刑宣告だ。
彼女が泣いた。
構わずにその細い喉に唇を落とし吸う。
たまらなく甘い。
彼女が泣き続ける。
露わになった薄い胸に舌を這わし味わう。
嗚咽の声に興奮する自分に嫌悪する。
乳首に歯を立てて齧る。
強張る身体はあまりにも無力だ。
だが愛しくて、貪りたい。
でも許してくれる。
苦しみ抜き、焼かれ続け、引き裂かれ、それでも許してくれる。
セックスなどしないで、ただ2人部屋にいる時の方が満ち足りるのに、幸せなのに、どうしてもこうなってしまう。
それでも、それでも、肌も匂いも何もかもがたまらなく甘かった。
オレは全てを忘れて、彼女を引き裂くことに夢中になった。
詐欺師は生きていればお前を幸せにしたのかもな。
他の人間ならともかく、お前だけは。
あの化け物はお前を一度は手放した。
お前を帰そうとした。
正しい場所へ。
オレには出来ない。
泣き疲れて死んだように眠る彼女を毛布で包みこみ、直接触れないようにして抱いてもう少しだけ眠る。
彼女は熱を出すかもしれない。
昼過ぎには職場へ戻る。
家政婦に頼んで、彼女を見ててもらおう。
休ませないと。
オレのせいだが。
もう触れない。
当分は触れない。
この罪悪感に押しつぶされる朝を何度も繰り返してきた。
諦めるべきだってことは、オレが一番知っている。
彼女を蝕むだけの存在であることは。
お前が好きだったよ。
お前を愛したかった。
お前を愛せさえしたら、オレはこんな酷い人間にならないですんだのに。
オレはアイツの名前を呼んだ。
オレを置いて行ったんだな。
オレは・・・酷い人間だ。
詐欺師の方がよっぽどマトモだな。
お前を大事にするってことでは。
オレは誰も大切には出来ない・・・。
オレは声を押し殺して泣いた。
置いていかれたのだ。
アイツが恋しかった。
愛する女を抱きながらアイツが恋しかった。
「大丈夫だ・・・彼は彼と幸せになる」
声がした。
彼女が言った。
泣きはらした目でオレを見ながら。
叫びすぎ掠れた声で。
「彼は大丈夫だ」
彼女の目はそれでもオレを真っ直ぐに見つめた。
自分を引き裂いた男を慰めるのか、それでも君は。
「ああ・・・そうだな」
オレは彼女に触れないようにしながら言う。
「泣くな・・・あなたが泣くと私は悲しい」
彼女は言った。
散々彼女を泣かせたオレに言った。
またオレを許すのか。
際限なく。
何度も何度も何度も何度も。
「愛している」
オレは言った。
髪を撫でもしない。
キスもない。
ただ見詰めて言うだけの言葉。
触れるよりも遥かに心は通うのに。
私は触れて傷つけてしまう。
「私も愛している」
彼女は当たり前のように言った。
虐げられ、踏みにじられても彼女はオレから逃げない。
逃げ方を知らないだけなのだ。
際限なく許し続ける彼女をオレはどこまで傷つけてしまうのだろうか。
お前もいない世界で、オレは彼女を傷付け続ける。
胸が痛い。
それでも諦められない。
諦められないのだ。
「・・・どうしてもあなたに耐えられなかったら殺せって彼が言った」
彼女の言葉に女を見張る。
「アイツがか?」
オレの言葉に彼女が頷く。
言いそうなことだと思った。
彼女が頷く。
何かいいたそうだ。
彼女の言葉を待つ。
「耐えられなくなったらあなたを殺す」
彼女の言葉にさすがに声をうしなった。
彼女は嘘を言えない。
これは通告なのか。
終わりのカウントなのか。
血の気がうせる。
それでも離すことなどしない。
逃がさない。
「だから。だから。耐えられなくなったら殺すから・・・それまではいい」
彼女はポツリと言った。
「あなたが生きていると言うことは、私があなたを愛してるということだ」
もう一度そう続けた。
理解した。
傷付け続けるオレをそれでも愛してくれると彼女は言っている。
断罪をするのは自分でオレではないと。
だからと言って、傷つけることを許すわけではないぞ、とも。
「・・・君になら殺されてもいい」
それは本音だった。
「まだ大丈夫だ」
彼女は真剣に言った。
私は、笑った。
笑えた。
アイツの残して言った言葉が、どうにもアイツらしくて。
「やっと笑った」
彼女は言った。
そして、ふわりと柔らかに笑った。
その笑顔が好きだと思った。
「君は寝てろ」
彼女に言い聞かせる。
シャワーだけは浴びて、仕事に戻る。
元々、彼女の顔だけを見に来ただけだったのだ。
もちろん彼女の身支度は自分より先に終えている。
「家政婦さんには電話してある。しばらくゆっくりやすむんだ。研究もだめ」
そう言って釘を刺す。
「あなたも寝てない」
彼女が言う。
ああそうだ。
君を傷付けるのに夢中でね。
「・・・彼は大丈夫だ。彼は幸せになる」
彼女は云う。
そうだな。
そうだな。
オレから逃れて。
オレを置いて。
アイツはやっと自由になれたのだ。
良かったな。
オレは悔しくて悔しくてたまらない。
この醜い心はお前を永遠にオレに縛り付けたかったのだ。
互いにしがみつけられて、雁字搦めなのはもう、オレと彼女だけだ。
アイツは自由になった。
自由になって自分だけを愛してくれる男を手に入れた。
「彼が幸せなら私も幸せだ」
彼女が微笑んだ。
ああ、オレも君が幸せなら、幸せだ。
いや、オレはオレだけは幸せだ。
それでも幸せだ。
全てを承知で君を放さない。
アイツは逃げた。
君は逃がさない。
逃がしてなどやらない。
アイツが逃げたことさえ君には隠す
君が傷付かないように?
違う。
それは言い訳だ。
君が逃げないように。
思いもつかないように。
アイツのように逃がさないように。
オレは君を閉じ込め続ける。
「愛してる」
オレは囁いた。
ここは出口のない部屋なのだ。
アイツを詐欺師は閉じ込めたが解き放った。
解き放たれたアイツは今度は詐欺師を救い出しに来た。
そして2人で行ってしまった。
だけど私は君を放さない。
君を正しくは愛さない。
この出口のない部屋に君と居続ける。
「愛してる」
彼女も言った。
もう、逃がさない。
END
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