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俺のお婿さんになってよ

北乃宮黒杜(きたのみやくろと)はアルファとオメガの間に生まれた普通のアルファのはずだった。 でも、こどもの頃から成績はいつもクラスでは中の下くらいでベータにすら負ける始末だった。 唯一、得意だったものは会社をつがせたかった家族から否定された。 でも、そのあとその会社も大学にはいってすぐにつぶれて、彼の父はオメガの母を道連れに無理心中をした。 大学の学費はぜんぶ支払われていたものの、資産は全部借金に持っていかれたため、生活費は自分で捻出しなければいけなかった。 慣れないアルバイトで生活費を捻出し、彼は二十歳になった。 二十歳になったその日もアルバイトをしながら大学に通いネットカフェを梯子していた生活で疲れていた。 彼はネットカフェを探す余裕もなくふらふらしてたまたま通りかかったごみ捨て場にすわりこんだ。 そして、いくら否定されても手放せなかったスケッチブックをひらいた。 技術もへったくれもない。 ただ描きたくて描いた絵。 彼はそれをめくってるうちに眠気が限界になり意識を手放した。 「なんか人が落ちてる。ん、これはなにかな」 そういってそのスケッチブックを手にした男子高校生がいることに、彼は気づかなかった。 「へー……。原石みっけ」 そう彼がにっこりと笑ったことにも。 彼が目を覚ました おおよそ何年ぶりかで、ふかふかのベッドで寝た気がしたが。 おきあがってみるとやはり、ふかふかのベッドで寝ていたらしい。 アルファの友人たちは黒杜が落ちぶれるとそれまで一切の関わりがなかったような態度をとられたから、アルファ性の友人のうちでないことはわかった。 それでも彼のもとの生活環境よりも格段によいものに囲まれてることだけはわかった。 「あ、起きたー?ごはん食べれる?一応、おかゆにしてもらったんだけど」 そういって部屋のドアからドアを開ける執事をつけて、栗色の髪に琥珀色の瞳をもつ美少年がおぼんをもって立っていた。 「絵を描かせてください!」 彼はその沸き上がる気持ちのまま叫んだ。 「おにーさん、さっきまで寝てたのにー。 まあ、いいよ。 おにーさんのスケッチブックはこれ。あと、急ぎでとりよせた色鉛筆がこれで」 少年は近くのテーブルにおぼんを置き、用意しておいた筆記用具を彼に渡すと、執事に椅子を持たせて距離をとり、彼の目線のまっすぐ先に椅子をおかせるとすわった。 「これでいいかな、おにーさん」 「はい!」 そう少年が言うと返事もそこそこに彼はスケッチブックに鉛筆を走らせた。 一心不乱に書き始める彼に少年はなぜか満足げに笑った。 「これで、よし……っと、あ」 黒杜は満足げにし、そこで突然正気にもどったらしい。 「す、すみません!」 青年は土下座する勢いで謝る。 「ふふっ、おにーさん、アルファ性なのに腰低いね。そこも気に入っちゃった」 少年はにこにこと笑った。 「ええっと」 青年はわけがわからず、うろたえた。 「おにーさんは、わけがわからないよね。 俺は朱雀紅(すざく べに)。オメガ性で、でもアルファ性が多くかよう学校に、動画授業と筆記試験で特別に通ってる男子高校生。 おにーさんは北乃宮黒杜だよね」 「は、はい」 黒杜はうなづいた。 「うん、いいお返事。で、俺はおにーさんを拾ったの。理由はそのスケッチブック」 黒杜は自分の手元にあるそれをまじまじと見つめた。 「おにーさんの学生カードを見せてもらって勝手に調べちゃったんだけど、おにーさん絵の勉強させてもらえなかったんでしょ?」 「は、はい。父に反対されたので。父から学校に連絡がいって美術系の授業はとれないようにされました」 「わー、アルファらしい横暴な感じだね」 「……はい、父はそういうひとでした」 「でも、おにーさんはそれでも絵を描くことはやめられなかったんでしょ?」 「はい」 「だから、すごいよね、おにーさん。 俺はおにーさんのその腕を買おうと思うんだ」 「は、はぁ?」 「俺はね、アルファだからオメガだからって進路を固定されたり否定されたりするひとを支援する仕事をしてる。まあ、それだけじゃあれだから今は他にも投資も色々してるけど。投資家ってやつだね」 「オメガで……学生で?」 「そ、オメガで学生で、だよ。昔より抑制剤なんかもいいものになってるし、医療も発達してるからさ。 俺は自由を肯定してくれる両親に恵まれているけど、まだまだそれは一般的じゃない。 アルファも自衛すべきなのにオメガの香りに惑わされたとかいってすべてオメガに責任を押し付ける風潮も、オメガはアルファに従うべきみたいな世論も変えたいんだよね」 「……たしかに」 「お、おにーさんは賛成してくれるんだ?」 「はい。昔から人の上にたつ練習をさせられてきましたけど、ぼく……いや、わたしはうまくできなかったので」 「ぼくでいいよ、おにーさん」 「は、はい。だから、ぼくは紅くん……の考えに賛成です」 「よかった。ますます気に入ったよ、おにーさん」 「はい、その、先程からきにいった、とは」 「だから今まで絵の勉強をできなかったおにーさんを支援しようと思って。生活支援もふくめてのパトロンになってあげる」 「え、えっと、それではぼくが得をすると 思うんですが、紅くんにメリットは?」 「おにーさんの将来性で十分だけど、ひとつ頼み事があるんだ」 朱雀紅はにっこり笑った。 「おれのお婿さんになってよ」 「え、ええーー」 黒杜の悲鳴が部屋に響いた。 「ふふ、そんなに驚かなくても」 紅は楽しそうに笑った。そういいつつ想定していたようだが。 「ぼ、ぼくが紅くんの!?」 「そう。おにーさんの継ぐ会社はもうないでしょ? おれのやることにとやかく言うアルファの夫はいらないし、画家志望でアルファなおにーさんがオメガの俺のところに婿に入ってくれれば自由な選択の見本になるでしょ? おにーさんの見た目は好みだし、そのアルファっぽくない口調もすきになったし。 だから、ねぇ、黒杜さん。」 紅は黒杜に近づき、黒杜の顎に手をあてて顔を近づけた。 「おれのお婿さんになってよ」 その黒杜が描かずにいられなかった美貌を目の前にして、黒杜は赤くなった。 「そ、その、紅くんのことも教えてくれるなら」 「わかった。黒杜さんにいーっぱい俺のことおしえてあげるね」 そういって、紅は黒杜に口づけ、黒杜もそれを受け入れた。 後に世に賛否両論を巻き起こしながら、その意見をその才能と努力による活躍によってねじ伏せていく、画家のアルファと投資家のオメガの朱雀夫妻は、たくさんの人を魅了し助けていくことになる。 朱雀黒杜は、画家の「レイブン」として、その生涯におおくの名作を残したが、もっとも描いたものは愛する妻の肖像だったという。 そのときの世間の常識からみると一見うまく行かなそうな夫婦だったが、仲がよかったらしくお互い支え合い、三男三女の子宝にも恵まれ、たくさんの家族にかこまれ、それぞれらしく末長くなかむつまじく暮らしたと言う。

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