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そしてキミは

________ 「オレのお母さんいい匂いしたぁ~」 「はいはい。わかったわかった」 帰りの車でいつまでも泣き止まずにいるオレを千が呆れたように笑う。 本当は日本にいれる時間ギリギリまで一緒にいたい気もしたけど、まだどうしても気まずい。 でもいざまた離れるとなると寂しいという矛盾した気持ちをぐちぐちと千に溢していると、千は片手でハンドルを操作して、オレの頭をくしゃくしゃ撫でた。 「リチェールとご両親の関係はそんなに簡単に修復できるものじゃない。大切なものなんだからちゃんと時間をかけたらいいんだよ」 気持ちが、スッと楽になる。 酷いことがあったからとか、オレ達親子の性格に問題があるとか言わないで、大切なことだから時間がかかるといってくれる千は本当に優しい心の持ち主だって思う。 大好き。 本当に、愛しくて仕方がない。 「来年の誕生日も楽しみが増えたな、リチェール」 優しく笑う千に、なぜだかまた涙が溢れそうになる。 最悪だったはずの世界が、この人のお陰でどんどん好きになっていく。 来年には、いや明日にはきっともっと好きが増えていくんだろう。この人となら。 何度も何度も救ってくれるこの人に運転中だって分かってても気持ちが先走って抱き付いた。 「もう!千大好きっ!本当に大好き!何でもするからオレと結婚してください!」 その瞬間、キキっと少し乱暴に車が停車した。 突然のことにビックリして顔を上げると、千がちょっと怖い顔でオレを見下ろした。 え?なにその反応。 ハイハイって呆れたように笑われるくらいだと思ってたのに。 「なんでお前が言うんだよ」 珍しく拗ねたような口調に戸惑いつつも、え?と聞き返す。 胸ポケットに手を入れて、なにかをぽいっとオレの膝の上に落として、また車を発進させた。 乗せられたのは手のひらサイズの正方形の包み。 「え?え?」 「告白はお前からだったんだから、プロポーズくらい譲れよアホ」 拗ねてると思った千の顔は少し赤くて、オレまで顔が熱くなる。 え、いや、本気だったけど、半分冗談だったのに。 半信半疑の嬉しさの中、心臓は壊れたみたいにばくばくしてて、言葉が上手に出てこない。 「せ、千……っ、あの……っオレの、お嫁さんになってくれるの……?」 「リチェールが俺の嫁になるんだよ」 信号待ちで車が止まって、千がちゅっと額にキスを落として不敵に笑う。 「愛してるよリチェール。結婚しよう」 「……っ」 何度見ても息を飲むほどの美顔が近付き、ドキドキしすぎて、頭がくらくらしてくる。 「返事はいらない。拒否権なんてないからな」 ちゅっと唇を奪われ、まるでファーストキスのように照れてしまったオレを千はクスクス涼しい顔で笑ってまた車を発進させた。 「け、結婚する!今すぐするー!」 「はいはい。それじゃあこのまま役所寄りますか」 4月1日に結婚なんて、なんだか少し縁起が悪い気がする。 それでも今日したい。 この人となら、何度でも幸せな明日を夢見続けられるんだろう。 「ねぇ、月城千さん、オレは好きだよ。あなたのこと。本当に」 いつかの言葉を口にしてみる。 千はちゃんとわかったように、微笑んだ。 「当たり前だろ」 この身に余るほどの幸せを、当たり前にしてくれたこの人に今度は自分からキスをした。 end

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