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そしてキミは

  『リチェール、これ』 ホテルを出て、離れる少し前母さんに呼び止められた。 少し大きさのある包みを渡されて、どきっとしながら受け取った。 『これ……』 信じられない気持ちで包みと母さんを交互に見る。 母さんは顔を赤くして焦ってるようにも怯えてるようにも見えた。 『思えばあなたに誕生日プレゼントなんてあげたことなかったから、あなたが何が好きかすらわからなくて……その、いらなかったら捨てていいから……』 捨てるわけないじゃん。 初めての誕生日プレゼントなのに。 『ありがとう。開けていい?』 ぎゅっとその包みを抱き締めると、母さんが恥ずかしそうに笑う。 そっと青いリボンを解いたら、そこからはクリーム色の羊のぬいぐるみが出てきた。 イギリスでオレが幼少期、本当に一瞬だけ流行ったマイナーなアニメの、メインではない脇役のキャラクターだ。 『18の男に送るものじゃないって思ったんだけどね……!あ、あなた覚えてないかもしれないけど、昔……っ』 顔を真っ赤にして早口に言い訳を言う母さんがオレの顔を見てぴたっと言葉を止める。 マイナーなアニメの脇役のキャラクターだったけど、オレはこの羊のキャラクターが一番好きだった。 意地っ張りなところはあるけど、何事も笑って許せちゃう優しいこのキャラクターにすごく惹かれてお守りのようにキーホルダーとかぬいぐるみクッションを持っていた。 『これ、リチェール好きですよ。うちのソファの番人になっていて、よくリチェールがそいつによだれ垂らして寝てるんです』 泣きそうで言葉が出ないオレのかわりにまた千が、茶化しながら答えてくれた。 『……嬉しい』 すごく、嬉しい。 覚えていてくれたことが。 母さんがホッとしたようにはにかむ。 こんな笑い方をする人だったんだ。 オレだって両親のことなにも知らない。 だからちゃんと知っていきたいって思う。 『じゃあ、もう行くわね』 『……うん。ありがとう。これ大切にする』 母さんは一度微笑むと、そっと千に向き直って右手を差し出した。 『月城さん、あなたもありがとう。私達親子がこうしてまた会えるのは全てあなたのおかげです。いくら言葉を並べても足りないくらい感謝してます』 『いえ。こちらこそ』 それを千が握って握手する姿はなんだか少しくすぐったい。 母さんは軽く手を振って父さんの待つタクシーに一歩進む。 けれど突然止まって振り返った。 『ねぇ、リチェール。最後にあなたのこと抱き締めていいかしら』 同じ色のエメラルドの瞳にオレが映る。 そのことが無性に嬉しくて、気がつけば母さんに向かって走り出していた。 『うん……!もちろんだよ母さん……!』 10数年ぶりの母さんの腕の中は、暖かかくて、抱きしめられた記憶なんてないのに何故だか無性に懐かしくて涙が溢れた。

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