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そしてキミは

溢れてしまった涙を慌てて手で隠したけど、多分誤魔化せない。 本当は、会いに来てくれたことも嬉しいのに、誤解させてるだろう。 『すみません。リチェールは不器用で気持ちをうまく言葉にできなくて焦って泣いちゃっただけなんで』 千の優しいフォローに救われる。 『私たちにそっくりね』 顔があげられないでいると、母さんの切ないような、でも暖かい声が届いた。 『私達夫婦も、中々素直に言葉を言うのは苦手で……』 顔を上げると母さんが、ね?と父さんと目をあせる。 それに頷く父さんを見て胸がぎゅっとした。 こんな二人を見れるなんて思わなかったから。 『中々素直になれない僕達だから、エイプリルフールにお前が生まれてぴったりだって思ったんだよ。捻くれ者の僕達が素直になりやすい特別な日なんだ』 エイプリルフールは、嘘の日。 "今日、オレ誕生日なんだよ" 普段なら乱暴されたってなんでもなかったけど、あの日だけは引き止めたくなった。 "今日はエイプリルフール。それだけだよ" きっとあの言葉こそが、エイプリルフールが飲み込んでくれるのかもしれない。 だって、そうじゃなきゃ。 あの父さんが母さんがそばにいるならオレなんて居てもいなくてもいいだろうに、こんな風に目を見て話してくれてるんだから、そっちを信じたい。 もうずっと諦めてたけど、もう一度だけ信じてみていいかな。 ずっと嫌いだったこの日が、少しずつ少しずつ温度を持っていく。 苦しい記憶に滲んできた救いに言葉が出ないかわりに何度も頷いた。 千がぽんぽんと2回頭を優しく撫でてくれて、やっと気持ちも落ち着いてきた。 『……父さん、母さん。来てくれて、ありがとう』 両親だってそれぞれ苦しんでること、本当は分かってたのに自分だけ二人を捨てて日本へ逃げた。 酷かったのはオレも同じ。 きっとオレ達家族の過去に向き合うには、2人には苦く苦しいものだっただろうに、それでも修復しようとこんなところまで来てくれたんだね。 想っていたのは二人も同じだったと思いたい。 『すごく嬉しい誕生日になった。また来年も会いに来てくれる?』 笑顔で二人を見たけど、涙はまた溢れてしまった。 でも、オレの顔を見て二人は一瞬驚いたような顔をして、泣きそうな顔で、それでも嬉しそうに笑ってくれた。 『ああ。……ああ。リチェール、もちろんだ。お前がいいと言ってくれるなら来年はもっとたくさんのことを話そう』 『すごく、すごく……楽しみにしてるわ』 素直じゃないオレ達だから、まだいきなり仲良くなんて到底なれない。 それでも、一年後の約束をするくらいには近付いた距離に心が震えた。

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