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第32話 波にも磯にもつかぬ恋3

智也は、ショップのスタッフに挨拶をして、店舗の従業員出入り口から外に出た。 「予約取り消し……今からだと無理かな」 ため息をついて、携帯電話を取り出し、電話帳で誘えそうな知り合いを探す。 「何ぶつぶつ独り言、言ってんのさ」 不意に上から声が降ってきて、智也はぎょっとして空を見上げた。店の脇の非常用外階段に座り込んで、こちらを見下ろしているのは…… 「祥悟くんっ」 祥悟はにやっと笑って立ち上がると、 「おまえ、遅すぎ。18時にはあがれるって言ってたじゃん。もう30分も待ってんだけど?」 びっくりし過ぎて、咄嗟に言葉が出て来ない。智也は慌てて咳払いして 「来てくれてたのか。え、どうしてここが」 「マネージャーに智也のスケジュール聞いてたもん。予定より早くこっち帰って来れたからさ。おまえの仕事ぶり、観察してた」 カンカンカンと音を響かせながら、階段を降りてきた祥悟は 「もう~俺、超腹ペコ。早く行こ。店ってどこさ」 祥悟に腕を取られ引っ張られて、智也はドギマギしながら 「こ、ここの駅前だよ。雅四季って和食の店。あ、祥悟くん、あっさりしたものって、和食でよかったのかな?」 祥悟は腕にぶら下がるように掴まりながら、上目遣いにこちらを見上げて 「だから~。その、祥悟くんっての、キモいって。祥でいいっつったろ‍?」 ぴったりと身体を寄せて見上げてくる祥悟の、悪戯っぽい眼差しがやけに眩しい。 「あ、ああ、そうだね。じゃあ……祥……」 上擦る智也に、祥悟はにこっと笑って 「和食、好きだよ。雅四季って行ったことねえけど、美味いって評判じゃん。うわ。マジで腹鳴ってる」 祥悟はご機嫌で、腕を引っ張りながらずんずん歩いて行く。つられて歩きながら、智也はそっと周りを見回していた。 突然現れたこの天使は、周りの視線などお構いなしの様子だ。だが、モデルをやっているということを抜きにしても、祥悟は目立つ存在なのだ。本人は至って普通の格好をしているつもりだろうが、身体にぴったりした黒レザーの上下は、祥悟の中性的な容貌を強調していて、ちょっとひやひやするほど色っぽい。 (……っていうか……びっくりした……) 18時を20分ほど過ぎても、祥悟からは電話もメールも来なかった。 やはり一昨日の食事のお誘いはほんの気紛れで、ひょっとするとすっかり忘れてしまっているのかもしれない。智也は一人で舞い上がっていた自分に苦笑して、すっかり諦めきっていたのだ。 まさか祥悟が、自分のスケジュールを確認してわざわざ来てくれるなんて、思ってもみなかった。 (……というか、これって腕組みだよな。うわぁ……) ものすごくナチュラルに自分の腕にぶら下がって歩く祥悟。ぴったりとくっついた所から、彼の体温が伝わってきて、智也の心臓はドキドキ鳴りっぱなしだ。 (……ダメだ。のぼせそう……)

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