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第33話 波にも磯にもつかぬ恋4
地に足が着かないふわふわした気分で、歩いて駅前のビルに辿り着いた。祥悟は腕をがっちり掴んだまま離してくれない。
「祥。手、離して。もう店につくよ」
智也が小声で囁くと、祥悟はあっさりと腕を離し、店の入り口を興味津々に覗き込んだ。智也はほっと胸を撫で下ろした。道ですれ違う人の視線がずっと痛かった。でもそれ以上に、ぴったりと密着した祥悟の身体の感触に、ドギマギしっぱなしだった。
興味津々でキョロキョロしている祥悟を促して店内に入ると、予約した自分の名前を告げる。案内されて、奥の個室の座敷に向かった。
「へぇ……いい感じじゃん」
「うん。個室の方がゆっくり出来ると思って」
座卓を挟んで、祥吾と向かい合わせに座る。さっきまでは密着し過ぎて困ったが、いざ離れてしまうとなんだかちょっと物足りない。
(……カウンターで隣に座る方がよかったかな……)
「あ。これ、美味そうっ」
祥悟は早速メニューを開くと、何を注文しようかと目を輝かせている。
「な、智也。なんかおススメとかあんの?」
ぼんやり考えながら祥悟に見とれていた智也は、はっとして
「え。あ、ああ。そうだね。ここは魚料理が美味しいよ。祥、好き嫌いはあるかい?」
祥悟はメニューから顔をあげ、じーっと智也を見つめて
「嫌いなものはホヤとレバー。それ以外なら基本食えるけど」
「じゃあ、この板前お推めコースがいいんじゃないかな」
智也が指さすページを見つめて
「んー。じゃあこれにする。智也は酒飲むの?」
祥悟が差し出すメニューを受け取って
「いや。今日はやめとく。駅前に車停めてるからね」
「車って智也の?」
「そうだよ。帰りは家まで送るから」
「ふうん……」
祥悟はテーブルに頬杖をつくと、智也をじっと見つめた。
「今日は俺、智也ん家には寄らないよ?」
智也は内心どきっとしながら、素知らぬ顔で微笑んで
「もちろん。君の家に直接送っていくつもりだけど」
「ふうん……」
何故か意味ありげに、自分を見つめている祥悟から目を逸らし、テーブルの上のブザーを押した。
「オーダーするよ。祥は飲み物、何にするの?」
「俺、水でいい。……あ、やっぱ烏龍茶がいいかな」
程なくやって来た店員に注文をしている間も、黙ってじっと見つめてくる祥悟の意味ありげな視線がやけに気になっていた。
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