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第36話 波にも磯にもつかぬ恋7
祥悟が言っている「彼女」とは、要するに、自分と寝てみないかと祥悟に誘いをかけている不届き者のことだ。
祥悟担当のスタイリスト……。
智也は思い当たる何人かの顔を思い浮かべてみた。
(……河辺さん……じゃないよな。あの人は既婚者だし、そういうことするタイプじゃない。藤埜さんも、違う。そうすると……)
「惟杏さん?」
「ん~……当たり」
祥悟はきゅっと唇の端をあげて笑った。その笑顔に胸の奥がツキン……と痛くなる。
(……なるほど……な。あの人か……。まあ、惟杏さんなら納得だ。あの人、面食いだし年下大好きだからな)
冷静にそんなことを考えつつ、じわじわと胸の痛みが広がっていく。
夜中にホテルの部屋で一緒に過ごしたということは、つまり……そういうことだろう。
まだ若いといっても、祥悟だって普通に健康な男の子なのだ。相手がよほど問題ありな人物ならば別だが、あの惟杏さんなら……多分、面倒な問題は起こさない。
智也はふぅ……っと息をつき、努力して微笑みながら、罪作りな天使の顔を覗き込んだ。
「それで? どうだったの?」
祥悟は自分のグラスに手を伸ばし、ウーロン茶をひと口飲むと
「智也に教わったキス、してみたよ」
(……いや。教えたつもり、ないんだけどな)
「あのヒト、普段はバリバリのキャリアウーマンじゃん? 仕事出来るし男っぽいしさ。だから、すっげーギャップだった。なんつーの?可愛いって感じでさ」
嬉しそうに話す祥悟の横顔を、智也は何とも言えない気分で見守っていた。
(……これ、俺は最後まで聞いてあげないとダメかな。正直、せつないぐらい、罰ゲームな気分なんだけど……)
祥悟と親しくなりたくて「兄貴がわりになってやる」と言ってしまったことを、智也は今更ながらに後悔していた。
(……まあ、でも本当に今更だ。ノンケの祥悟を好きになった時点で、こういうこともあるって分かってたわけだし。他の人には言わないこと、信頼して打ち明けてくれるってだけで、満足しなくちゃな……)
「可愛い、か。たしかに。惟杏さんはオンオフの切り替えがきっちりしてる人だよね」
祥悟は小首を傾げて
「ひょっとしてさ、智也。惟杏さんとヤったこと、ある?」
無邪気な祥悟。本当に罪作りな天使だ。智也はすいっと目を逸らして
「まあ、ね」
ヤったことがあるも何も、19の時の初体験の相手だったりする。
「うっわ。マジ? えーーー」
祥悟は叫んで仰け反ると、智也の腕をガシッと掴んだ。
「じゃあ、ひょっとしてさ、智也、あのヒトと付き合ってたりするわけ?」
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