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第35話 波にも磯にもつかぬ恋6
「失礼致します」という声がしてふすまが開く。店員が飲み物と料理を運んできた。
「お。きた」
祥悟は嬉しそうに身を乗り出すと、テーブルに並べられていく器を覗き込む。
それからしばらくは、たいした話もせずに、次々と運ばれてくる料理を食べることに専念した。ホヤとレバー以外に好き嫌いはないと言った祥悟は痩せの大食いなのか、どの料理にも旺盛な食欲をみせていた。智也も箸を動かしながら、子どもみたいに楽しそうに食事をする祥悟をそっと見守っていた。
ひととおりコース料理を食べ終え、後は食後のデザートを残すのみになると、祥悟は何を思ったのか突然立ち上がって、向かいに座る智也の隣にやって来て腰をおろした。
「……どうして、隣?」
「え? 寂しいじゃん」
(……寂しい?……って。いやそれ、どういう意味で?)
そういえば、喫茶室でも当たり前のように、隣にくっついて座った。
(……見かけに寄らず、甘えたがり?……なのかな)
「な、智也」
「なんだい?」
ぴとっとくっついてきた祥悟が、急に声を潜め、照れたように笑いながら囁いた。
ドキッとした。何だろう。何を言うつもりだ?
なんだか訳が分からないが、期待と不安で変な汗が出そうだ。
「あのさ。昨夜、こないだ言ってたヒトがさ、ホテルの俺の部屋に来たんだよね」
(……!?!……え。こないだ言ってたヒト? ……って誰だ? ホテルの部屋に夜中にって……)
智也は激しく動揺して、祥悟の顔をじっと見つめた。何か言おうとしても、言葉が出てこない。祥悟は妙に艶っぽい流し目で、ふふっと思い出し笑いをすると
「こんな時間になんだよ?ってドア開けたら、彼女でさ。入っていいかって聞くから、部屋ん中、入れちゃったんだよね」
(……!!ちょっ。ちょっと待て。彼女? それって……)
「そ……それって……君に誘いかけてきたヒト?」
うっかり、痰が絡んだような変な声が出てしまった。
(……まずい。落ち着けって、俺)
祥悟は不思議そうに一瞬目を見張ってから
「そ。そのヒトだよ」
事もなげに頷く。智也は思わず身を乗り出して
「それって、今回の撮影のスタッフってことだよね?」
智也の指摘に祥悟は、しまったっという顔になり
「あ。そっか。俺、おまえに誰だか言ってなかったんだっけ。うん、うちのスタッフ。ってか俺の担当のスタイリスト。あ、これさ、他のヤツには内緒」
祥悟はそう言って、悪戯っぽく笑いながら、人差し指で唇を押さえた。
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