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第73話 君との距離感8
祥悟は、口の周りについた生クリームをぺろっと舐めてから、智也に身体を寄せてきた。
「なあ、聞きたい?」
上目遣いで顔を覗き込んでくる祥悟の目が「話したい」と訴えていて、智也はちょっと絶望的な気分になった。
この嬉しそうな様子だと、1ヶ月前に自分が教えてしまったことの成果を、報告してくれるつもりなんだろう。
(……その話、俺に聞きたいかって言うの?……残酷だよね……君は)
分かっている。
祥悟は悪くない。
いずれこうなることは目に見えていた。
自業自得なのだ。
あの甘美な一夜の為に、自分が差し出した、これは代償だ。
智也は内心の動揺を顔に出さないように、必死でポーカーフェイスを作り
「なるほどね。彼女と……上手くいったのかい?」
本当は泣きそうだ。声が震えてしまいそうだった。でもすべて飲み込む。この無邪気で残酷な天使の為に。
智也の受け答えに満足したのだろう。祥悟はふふ……っと共犯者めいた目をして笑って
「ん。ありがと。智也のおかげでさ、ばっちり」
(……ばっちり……)
何が?……と問うまでもない。
つまりは……そういうことだ。
ミルクを舐めて満足しきった仔猫のような祥悟の顔が目の端に映って、胸が苦しくなってくる。
智也は震える指先でカップを持ち上げ、苦いブラックコーヒーを啜った。
「そうか。じゃあ少しは……役に立ったんだね、この間のこと」
口の中の甘ったるさは消えていた。このコーヒーは苦すぎる。
「おまえさ、やっぱすごいのな。俺、ちょっと尊敬した。あん時おまえに教わったことさ、全部試して……」
「ストップ。祥。ここでこれ以上、その話はダメだよ。誰が聞いてるか、分からないからね」
言葉が機械的に零れ落ちた。
そう。君の話を聞きたくないんじゃないんだ。誰が聞いてるか分からないから。
それだけだ。
話の腰を折られ、祥悟が黙り込む。探るように自分の横顔を見つめている祥悟が目の端に見えて、智也はいっそう穏やかな笑みを浮かべた。
祥悟は小さく鼻を鳴らし、智也からデザートプレートに視線を戻すと、何もなかったような顔で、しばらく黙々と残りのケーキを食べていた。
「なあ、これ、おまえもう食わないの?」
ぼんやりしていた智也は、祥悟の指差すケーキの残りを見て
「あ……ああ。これ以上は無理かな。祥、よかったら君が」
「無理。さっきつついてみたけど、洋酒きつくて食えねえし」
「そうか……。君の分のケーキもまだ残ってるよね」
「残り、持ち帰りにしてもらうからいい。そろそろ帰るし」
「え……」
智也は、はっとして祥悟の顔を見た。
「帰るの?」
祥悟は無表情で頷くと
「さすがに食いすぎたし」
そう言ってお腹をさすりながら苦笑して
「な、出よう? 少し歩いて消化したいし」
ちょっと皮肉めいた、いつもの笑顔を浮かべる祥悟に、智也は無言で頷いて、店員に合図を送った。
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