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第72話 君との距離感7
「そうか。喜んで貰えたなら、よかったよ」
智也はさりげなくフォークを置いて、祥悟の美味しい顔を眺めるのに徹することにした。これ以上無理に食べたら絶対に胸焼けする。
「おまえさ……」
「ん? なんだい?」
「聞かねーの? さっき事務所でさ……聞こえてたんだろ?」
祥悟はプリンの乗ったスプーンを口に運びながら、横目でちろっとこちらを見る。
祥悟が何のことを言ってるのかは分かっている。社長と揉めていた件だ。
もちろん、彼に関することだから、気にならないと言ったら嘘になる。でも、本人が自分で話してくれるまで、余計な詮索はしたくなかった。
「聞こえてたよ。でも、君の最後の怒鳴り声だけだ」
智也は慎重にそう言って、言葉をきった。祥悟はプリンを口に放り込むと、次のケーキをフォークでつつきながら
「ふうん……。あのさ、智也はどう思う?」
「何をだい?」
「撮影で遠出してさ。その日の撮影は全部終わったのな、無事に。でも日帰りはきついから、俺は現地で1泊したんだ。他のスタッフはその日帰りでさ。だからホテル代は自腹だったんだぜ。これってもう完全、プライベートだよな?」
「あー……ええと、撮影が終わって、君だけ残ったんだね? だったら仕事絡みじゃ……ないね」
話の向かう方向が分からないから、智也は更に慎重に答えた。
「でさ。おっさんに怒られたわけ。勝手なことし過ぎるってさ」
(……え。それであの騒ぎ? それはちょっと……)
「泊まるって、連絡しなかったのかい?」
「したよ。もちろん。無断外泊なんか、あの家来てから俺、1度もしたことねーし」
智也は首を傾げた。
「だったら何故、社長は君に怒ったんだろう。……怒られたんだよね? 君」
「そ。わざわざ休みの日に呼びつけてさ。意味わかんねぇ」
智也は腕組みをしてちょっと考え込んだ。
社長はワンマンで、確かに厳しい言い方をすることもあるが、基本的に筋の通らない理不尽な怒りをぶつけられたことはない。
「他に何か社長を怒らせるようなこと、しなかったの?」
智也はさり気ない感じで聞いてみて、そっと祥悟の横顔を横目で見る。祥悟は生クリームたっぷりのケーキをフォークで切り分けて
「んー……他にって……まあ、ないこともないけどさ。……言ったら智也も……怒るじゃん?」
祥悟のちょっと口篭るような物言いに、智也は眉を顰めた。
「……怒る? 俺が?」
そっと穏やかに聞いてみる。祥悟はケーキをぽいっと口に放り込んで幸せそうに微笑むと
「んー。あのさ、椎杏さんさ」
……え……?
「一緒だったんだよね。その日、ホテルで」
「……」
智也は思わず祥悟の方に身体ごと向いた。
(……一緒って……同じ部屋に……いたってこと?)
智也に見つめられて、祥悟はバツの悪そうな顔になり
「おまえも怒るんなら……続き話してやんねーし」
口を尖らせる祥悟に、智也ははっとして表情を和らげた。
おそらく、無意識に怖い顔をしてしまっていたのだ。
「怒ったりしないよ。話して?」
言いながら、胸の奥が冷たくなっていくのを感じていた。
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