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第77話 君との距離感12
公園近くの商業施設に車を停めて、2人並んで海沿いの道を歩いた。
海……といっても、砂浜のある地平線の見える広々とした海ではない。
ここは、古くからある漁港の周辺が開発されて、運河の周りには近未来的なビルが立ち並んでいる場所だ。
潮の香りを含んだ風が、祥悟の髪の毛をふわふわと揺らしている。
少し先を軽やかな足取りで歩く祥悟の姿を見つめながら、智也は独り、物思いに耽っていた。
このまま祥悟の近くにいて、彼のこれからの成長を見守るのは、今の自分には無理かもしれない。
傍にいれば、当然もっと彼のことが知りたくなる。でもゲイの自分が、ノンケの彼のことを知るということは、きっとさっきみたいなせつない思いの連続なのだ。自分の気持ちを、彼に打ち明けない限りは。
もし自分が、もっと歳がいっていて人生経験も豊富で、恋をすることにも手慣れていたら、どっしりと構えて動じないでいられるんだろうか。ささいなことで浮いたり沈んだりせずに、ゆったりと広い心で、祥悟のことを見ていられるのか。
多分、自分はまだまだ未熟で、人を本気で好きになるのも初めてだから……。
そう。初恋、なのだ。
自分のこの想いは。
そして、自分がゲイと自覚したのも、ついこないだのことだったのだ。
未熟で当然だし、経験値も少ない。
当たり前だ。
どうして……初恋の相手が、よりにもよって彼だったのだろう。
どうしてこんな歯がゆい自分が、彼と出会ってしまったのだろう。
もっと遅くに、せめて数年先に、運命の人と出逢わせてくれたら……自分はもっと上手く、恋をすることが出来たのかもしれない。
「なあ、智也」
不意に、祥悟が自分を呼ぶ声が、堂々巡りの自分の物思いをかき消した。
我に返って声のする方を見ると、もうそこは海沿いの公園の入り口だった。
祥悟はポールの上に腰掛けて、こちらを見ている。
「ああ……なんだい?」
智也が暗い想いを打ち消しながら微笑んで答えると、祥悟は首を傾げて
「おまえ、歩くの遅すぎ。せっかくいろいろ話したくて、店出てきたのにさ」
そう言って口を尖らせる。
ひとつひとつの仕草が、なんて絵になる子なんだろうと思う。
もし自分が、写真や絵をやる人間ならば、こういうシーンを決して見逃さないだろう。
彼よりも整った美しい顔の人間は、他にもたくさんいるかもしれない。でもこういう何気ない一瞬を、切り取って残したいと切望させるオーラを持つ人間は、そうそうはいない。
……彼に恋してる自分の、欲目を抜きにしても。
智也はつられるように、自然と笑顔になっていた。
「ああ。ごめん。ちょっと思索に耽っていたんだ」
祥悟は呆れたように眉をあげ
「……しさく……?……やっぱおまえって、ちょっと変わってるし。思索に耽るってなんだよ、それ。意味わかんねえから」
そう言って、くすくす笑った。
「いろいろ悩み多き年頃なんだよ」
祥悟の笑顔が嬉しくて、つい軽口が飛び出す。
「ふーん。智也でも悩んだりするのかよ」
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