76 / 349
第76話 君との距離感11
「なあ、智也」
黙って窓の外の流れる景色を見つめていた祥悟が、こちらを見る。
「何だい? あ、もうすぐ海の見える公園に……」
「もし俺がさ、女の子だったら……おまえ、俺のこと好きになったりする?」
どきっとして、智也は言いかけた言葉を飲み込んだ。言葉の真意が分からなくて、どう答えようか迷っていると
「無理か。おまえ、好きな子いるんだもんな」
そう言って祥悟は苦笑した。
(……え。待って。それって……どういう意味で言ってるの?)
期待しちゃいけない。
これは仮定の話だ。
でももし、祥悟が女の子なら。
俺は……。
「祥、君は……」
「俺さ、こんな見てくれじゃん? 女に産まれた方が、絶対に得だと思わねえ?」
(……いや。そんなことないよ。祥。君はそのままで)
「男ならさ、智也みたいな外見が良かったし」
祥悟はちぇっと舌打ちすると、
「女だったら、おまえと付き合ってみたいかも。おまえ、優しいし、ちょっとエロいし、絶対に彼氏にしたら楽しいのにさ。残念……」
智也は、何をどう言えばいいのか完全に混乱してしまった。
それは、自分のことをタイプだと言ってくれてるんだろうか。それとも単に、女に生まれたかった願望というだけ?
「祥。君がもし女の子だったら」
「ん?」
「多分、君とは付き合わないと、思うよ」
(……だって、俺はゲイだから)
「…………」
祥悟はしばらく口をつぐみ、無表情でこちらを見ていたが、やがてぷいっと目を逸らして
「だよな。ま、俺、女じゃねーし」
ぼそっと呟いた。
今日は何だか、祥悟との会話が噛み合わない。お互いに、言いたいことが伝えられていない気がする。どうしてこんなにもどかしいんだろう。
智也がもやもやした気持ちを持て余していると
「椎杏さんとさ、こないだホテルで過ごしたじゃん?」
よりにもよって、一番聞きたくて、聞きたくない話を持ち出してきた。
「ああ。そうだね。その話が途中だった……」
智也はポーカーフェイスを作りながら、真っ直ぐに前を向いてハンドルを右にきった。
もうすぐ、海が見える公園の駐車場だ。
「一応さ、智也に教わった通り、いろいろやってみたのな」
「そうか。……上手くいった?」
「んー……まあ、思ってたより呆気なかったし。こんなもんかな……って感じだった。でもおまえに教えてもらってたから、俺、もたもたしないで上手くやれたのかも。……ありがとな、智也」
智也はそっと唇を噛み締めた。そんなことでお礼を言われたって、ちっとも嬉しくない。
……というより……苦しい。
胸の奥の冷たいものが、ずしんと重さを増していく。
(……期待なんかもちろん、していないんだ。でも、苦しいよ、祥。君のことをもっと知りたい。でも……知りたくない)
ともだちにシェアしよう!