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第84話 甘い試練5
険悪な雰囲気で睨み合う2人に、祥悟はうっとおしそうに前髪をかきあげ
「なぁ、アリサ。おまえさ、俺にどうして欲しいわけ? おまえのこと、可愛いし嫌いじゃないって言ったけどさ。付き合うとか、俺、ひと言も言ってねえし?」
「あなた、恋人はいないって言ったわ。それに、付き合ってみなきゃ、私のこと好きになるかどうかわからないじゃない」
頬を膨らませ臆面もなく言い放つアリサの、人形のように整ったあどけない顔を、智也は感心しながら見つめた。
自分より先輩で人気モデルの華奈におばさんと言い放ち、挑むような目をして祥悟を口説く、その自信たっぷりな姿。
彼女に挨拶された時、たしか歳は16だと言っていたはずだ。
……すごいな、この子。祥悟と付き合って、自分を好きにさせてみせる自信があるのか。
その動じることのない態度が、少し羨ましくもあった。自分は何年そばにいても、祥悟に告白する勇気さえ出ないというのに……。
「おあいにくさまだね、アリサ。俺、歳下は興味ねえの。だいたいいくつだよ、おまえ。まだ高校生じゃねえの?」
「16よ。でも人を好きになるのに、歳は関係ないわ」
「ばーか。ガキが何言ってんだよ。こんな遅くまで遊んでたら、親が心配するっつーの。いいから帰れって」
祥悟は面倒になってきたのか、そっぽを向いてアリサの顔を見ようともしない。
……このままじゃ、埒が明かないな。
智也はアリサにゆっくりと歩み寄った。
「水無月さん、だったよね? とにかく今日はもう遅いから帰ろう。俺が送っていくよ」
アリサは途端にキッと智也を睨んだ。
「あなたには関係ないでしょ。余計なこと、しないで」
「うん。関係はないけど、一応ここでは1番歳上だからね。事務所の先輩としても、こんな時間に高校生の君を、こんな場所に居させるわけにはいかないんだよ」
穏やかに微笑んで、ゆっくり諭すように話しかけると、アリサはきゅっと眉を寄せて、再び祥悟を睨みつけた。
祥悟はもうこちらを見ようともせずに、華奈に手招きをしている。華奈は憮然とした表情でアリサを睨みつけてから、祥悟の手招きに応じてベッドに歩み寄ると、祥悟の隣に座った。まるでアリサに見せつけるように祥悟にしなだれかかる。祥悟は華奈の頬に手を当てると、これみよがしにキスを始めた。
智也は2人からふいっと目を逸らし、内心の動揺を押し殺してアリサに微笑みかけた。
見せつけられているのは、自分も同じだ。
2人を見つめて顔を強ばらせているアリサと、自分は今、同じ顔をしているのかもしれない。
「行こう、水無月さん」
掠れた声が出た。早くこの子を連れ出して、この残酷な役回りから解放されたかった。
悔しそうに2人を見つめていたアリサが、ゆっくりとこちらを見た。まるで親の敵でも見るような目で、こちらを睨めつけてくる。
……そんな顔、されても、困るんだけどな……。
再び促そうと口を開きかけた智也に、アリサはつかつかと近づいてくると、両手で智也の腕をぐいっと掴んだ。不意をつかれて目を見張る智也に、アリサは泣きそうな顔をしながら
「じゃあ、私にキスして。大人のキス。そしたら一緒に帰るわ」
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