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第24話 深酒
それから2ヶ月程経ったが、2人の関係は驚くほど順調に続いていた。
お互い体調も良く、体の相性的にも不満は無かった。
東郷はこの結果に満足しているらしかった。
金を払うという無粋なことは言い出さなかったが、最近は来る度に何か手土産をくれる。
お酒だったり、高級な紅茶、珍味、調味料、お菓子…
海外出張の際にはよくわからない置物を買ってきたりしてくれる。
別に僕は欲しいものなんて無かったけど、東郷がくれるなら何でも嬉しかった。
この日は東郷の仕事の都合で、いつものような昼間ではなく夜に会っていた。
今は毎週決まった相手としかしないので、僕は水曜日であれば何時でも良かった。
更に言うなら、日中だと仕事のためすぐに居なくなる東郷が夜ならゆっくりして行ってくれるかもしれないという期待もあった。
「今日は美味いワインが手に入ったから持ってきた。飲もう、チーズも持ってきたから」
「ワイン…」
今まではお酒を貰ったときは自分は飲めないから健斗にあげていた。
大学の頃に失敗してからお酒は飲まないようにしていたのだ。
「なんだ?酒飲めないのか?この前のも受け取ったからてっきり飲むんだと…」
「あ…ごめん。昔お酒で失敗したことあってそれから飲まなくなっちゃって…」
「失敗だって?おいおい、それを肴に飲めるじゃないか。グラスは?」
結局僕の分のグラスも用意させられた。
まあ、東郷とならどうせこれからするつもりだし多少僕がおかしくなっても許してくれるよね。
「美味しいねこれ」
「ああ。知り合いが南仏でワイナリーを始めたんだ。なかなかいけるだろう?」
「うん。飲みやすい。たくさん飲んじゃいそう」
もう既に3杯目だった。
そう、僕はお酒を飲むの自体は嫌いじゃなかった。酔っ払うのはふわふわして気持ちがいい。
「で、何を失敗したって?まさか西園寺のお坊ちゃまがどっかで飲みつぶれて道路で吐いたか?」
「え!ああ、ちがうちがう。そういうんじゃなくて、僕がこの体質だからお酒でタガが外れて相手を誘っちゃて…」
「あ…ああそういうことか。ハハ、俺はてっきり…すまん肴にするなんて言って」
東郷がちょっとバツの悪そうな顔をした。
でも僕も酔っていて、昔の嫌なことを思い出してもなんともなかった。
「いいのいいの、もう10年前の話だし!へへ、あのとき飲んでたのが東郷だったら…きっと僕の誘いなんて乗らなかっただろうな」
僕はだんだん酔いが回って何を言ってもいいかなっていう気持ちになっていた。
「あ?それはどうかな。俺にだって若気の至りって時期があったよ」
「え~?いつも動じないし何言ってもどこ吹く風じゃん」
「そんなことはない」
「あるよ~!東郷って恋すらしなそう!」
「なんでそうなる。俺だって初恋の思い出くらいあるぞ」
「え、うそうそうそ!なにそれ聞かせてよ!」
すごく気になる~!僕は酔った勢いで東郷の座ってる一人がけのソファに無理やり押し入って逞しい腕にもたれかかった。
「どんな子?どこで?ねえ教えて」
「あー…あれは4歳か5歳のとき…」
「えー!なんだよそんな子どもの頃の話ぃ?ふざけてるの?」
僕が酔っ払ってるからはぐらかそうとしてる?
「本当なんだって。その頃どっかの親戚の家かな。庭を歩いてたら赤い着物の女の子がしゃがんで泣いててさ。つい声かけたんだよ。それでその泣き顔を見たら…居ても立ってもいられなくて俺はなんとかしたくて…そこら辺の花の枝を折ってその子に渡した」
え…?僕耳でもおかしくなった?
「恥ずかしくてなんにも話せないまま逃げたけどな。花を渡したらびっくりしてその子は泣き止んで…それで俺は満足した」
おかしいよな、と言って自分で笑っていた。
「…モクセイ…」
「え?」
「銀木犀の枝…そっか…はは…」
あれは…あの男の子は東郷だったんだ。そして、僕のこと女の子だと思っていたんだ。
でも…それでも東郷の初恋が僕?そんなの信じられないくらい嬉しい。
あの男の子が僕のことを覚えてた…
ああ、でも東郷は女の子との初恋の思い出を大事にしたいよね。
「それは僕です」って大声で言いたい。
けど、我慢しよう。
東郷は銀木犀が何かも知らない。
自分が渡した枝がなんなのかも覚えていないんだから。
すぐそこに僕が生けた銀木犀が置いてあったとしても。
「キスして東郷…」
「は?おい、お前俺の話聞いてたのか?」
「聞いてない…もういいからしよう…」
「ったく…ひとがせっかく話してやったのに」
東郷はぶつくさ言いながらも俺に優しくキスした。
僕は酔っ払ったふりでいつもより甘ったれた声をあげ、抱かれている間中ずっとキスを強請った。
東郷は初恋の相手を女の子と勘違いしていても、今の東郷が抱いているのはこの僕なのだ。
歓びとも悲しみともつかないものがざわざわと腹の中を這っているような感じがした。
それは結局、吐き出される精と共に霧散していった。
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