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第25話 許嫁

昨夜東郷は僕の期待していた通りセックスの後もすぐには帰らず、明け方近くまでベッドに居てくれた。 元々行為後に男と居るのが苦痛でさっさと帰らせていたけど、東郷とは少しでも長い時間一緒にいたいと思った。 正直、東郷の方はどうか分からないけど僕の感覚としては、セックスしなくてもただこうして身体が触れ合っているだけで体調が良くなるんじゃないかという気がしている。 試したことはないのでわからないが。 翌朝まだ暗いうちに東郷は帰ったので、僕はもう一眠りした。 そして明るくなってから目を覚まし、ナイトテーブルに東郷が忘れ物をしていった事に気づいた。 シルバーのシンプルなカフスボタンだ。 僕はそれを指で摘むと朝日に翳してみた。 チラチラと光を弾くのが眩しい。 どこにでも光を巻き散らすのは東郷本人のようだった。 来週渡そうと思ってナイトテーブルの抽斗に仕舞った。 しかし、東郷から次の水曜日は来られないと連絡があった。 僕は次回の予約が延期になったのを残念には思ったが、さほど気にしては居なかった。 調子が良い日が続いていて、きっと2週間くらいなんともないだろうという予感がしたからだ。 ただ、体調の心配というより単に東郷の顔が見られるかもしれないという思いつきだけで、水曜日に東郷のオフィスに向かっていた。 口実はある。東郷の忘れていったカフスボタンを届けるのだ。 あまり歩き慣れないオフィス街を行く。 そして、もう数メートルでオフィスの入口というところで着信が入った。 健斗からだった。 「もしもし?」 "ああ、静音か?今大丈夫?” 「うん。どうしたの?」 ”あのな、一応その…もうネットには出てる記事だから話すな。落ち着いて聞いてくれよ。" 「なんなの?」 ”まだネットのニュース記事は見てないんだな?” 「だから見てないって。何?僕これから行くところがあるんだけど」 "どこに行くところだ?" 「どこでもいいじゃん。それでなんなの?」 "まあいい。あのな、東郷くんのことなんだが" え…今その東郷のオフィス前なんだけど… "婚約の発表が決まったって記事になってるんだ" 「婚約…発表…?」 ものすごく喉が渇くな。どうして僕はペットボトルの水を買わずに地上に出ちゃったんだろう。 オフィスの中に入ればきっと買える… そう思うのに脚が動かなかった。 "静音?おい、聞いてるか?" 「あ、うん。そうなんだ。わかった。ありがとう記事見てみるね。ばいばい」 "おい、静音!お前いまど…" 通話を切った。 そしてすぐにブラウザを開く。 経済ニュースかな… あ、あった。これだ。 『東郷グループCEO婚約発表~お相手は27歳華道家元令嬢~』 ああ…本当に…そう書いてある。 そっか。そうだよな。 なんでこの関係がずっと続くって思ったんだろう? 名取さんのときと同じだ。 いや、それどころか東郷は長男で当主だ。 僕ってつくづく馬鹿だなぁ… ポケットに入れてあるカフスボタンが重たいわけないのに重たくて、もう一歩も動けない気がした。 僕はオフィス前の植え込みの下にしゃがみこんだ。 「はぁ…はぁ…」 どうしよう。なんで今発作が起きるの? だれか助けて。 東郷、来てよ…今日は水曜日なのに… たすけてよ。

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