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第35話 告白
「つっ…」
昨夜も変な姿勢で拘束されていたせいで、腕や肩が痛かった。
あの人おかしいよ…。
僕は思い出したんだ。
あの目、誰かに似てると思ったけど20代の頃に暴力を振るってきたあの教師に似ているんだ。
このままじゃ何をされるかわからない。
どうしよう、籍を入れる前に逃げられる?
でも父さんにも頼れない。どうやって逃げるんだ?
僕のマンションもクリニックも知られてしまっている。
息子たちの目も怖かった。
疲れているような、諦めているような、生気のない目…
まさか虐待なんてされてないよね?
僕が居なくなったら酷くされるとか?やっぱり僕が出ていくわけにはいかない…
そんなある日曜日、来客があるからお茶を淹れるように頼まれた。
お手伝いさんは日曜日は通ってこないから来客があるときは僕がやることになっていた。
言われた通りにお茶を応接間に運んでいって瞠目した。
客というのは東郷のことだった。
僕は恐怖で震えた。
今までの東郷と僕の関係を、六条は知っているのだろうか?
知っていたとしたらこの来客をどう思っているのだろう。
今夜この男が怒り狂うだろうことを想像して背筋が寒くなった。
その場に残るようには言われなかったが、どう考えても東郷は僕のことで来ているはずなので、お茶を出した後は壁際に立って控えていることにした。
東郷が口を開いた。
「西園寺を家に帰して下さい」
「はははっ!随分率直に言うねえ」
「私は本気です」
「君が静音にご執心だという噂は本当だったらしいな」
「噂?」
「ああ、コッチの人間独特のネットワークがあってね」
おそらく同性愛コミュニティのことを差しているのだろう。
そんなところで僕のことが話題になっているとは知らなかったから恥ずかしくて消えたくなった。
しかも、東郷を巻き込んでいた。
「静音は私が妻にすると決めている。申し訳ないが、彼から手を引いてくれ。君は婚約者がいるんだろう?いや、別れたんだったかな?」
「別れました。西園寺を返してもらうために」
僕の心臓がドクドクと跳ねた。罪悪感のためにだ。
緊張で吐きそうだった。
「ふむ。静音はお父さんとの仲をとても大切にしていてね。お父さんの機嫌を損ねることは絶対にしたくないと言うんだ。君のような地位のある人間がたぶらかされてしまうのを静音のお父様は許されないと思わないかね?」
東郷は無言で六条を睨みつけていた。
「君が彼のことを幸せに出来ると思ったらそれは間違いだ。彼の中で父親の存在が絶対なのだからね」
彼のことを思うなら、身を引いてくれ。私が大切にするからその点は安心してくれたまえ、と六条は言い切った。
しかし東郷は一歩も引かなかった。
「それはできません。西園寺、帰ろう」
東郷は僕に話しかけてきたが僕は返事できなかった。
本当はこの恐ろしい男から今すぐ逃げたい。
東郷の元に飛んでいきたい。
でも、父の顔が浮かぶとどうすることもできなかった。
涙が溢れた。
怖い…六条が怖い…このまま東郷が帰ったらどうなる?
夜を待たずに打たれて、縛られるかもしれない。
怖い…!
「西園寺、お前が親父さんや西園寺の家を大切にしてるのはわかってる。だけど、お前がそれを捨てて俺を選んでくれるなら俺も何もかも捨ててお前を取る。お願いだ、俺を選んでくれ。俺だけ選んでくれたらそれでいいんだ」
東郷が何もかも捨てて、僕を取る…?
僕が、東郷を選ぶ…?
「静音、こんな男の言うことを聞いてはいけないよ。私が大切にすると約束したね?」
ヒルのように貼り付くこの男の舌を思い出してゾッとした。
嘘つき。痛いって言ってもなかなかやめてくれないくせに。
「東郷…助けて…」
「静音!!お前、こんなことをしてお父さんがどう思うかわかっているのか!」
「ううっ…東郷…こわい…こわいこわい…」
僕は震えながら手を伸ばした。
温かく、乾いた手が僕の手をしっかりと握った。
そのまま身体全体を包まれた。
いつも失うのは僕で、他の人は何も失わない…そんな関係が当たり前だと思っていた。
だけど東郷は違う。
僕のために手にしているものを失って構わないと言ってくれる。
東郷は…東郷だけが初めから僕に心を込めて銀木犀の枝を贈ってくれた。
僕はそれを受け取ってもいいんだ…!
「東郷…帰りたい…お願い連れて行って…」
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