2 / 43
第2話
白いカーテンと、白い天井と、白い壁でできた、とにかく真白な部屋に通された。
小さいときから病気がちだった。発育も悪かったので、十歳のときに検査を勧められた。結果、オメガ性だとわかったとき、母は運が悪かったと泣いた。
十歳の僕はというと、いちばん最初に思ったのは、「みなと先生とつがいになれる」だった。
だから早速湊先生に告白した。
「先生、大きくなったら僕とつがいになって」
背の高い先生はちょっと困った顔をして、僕の頭を撫でて、背の低い僕に目線をそろえてくれた。
「大きくなったら、ね」
湊先生は背が高く、メタルフレームの眼鏡をかけた柔和な顔の先生で、アルファ性だ。でも僕のオメガ性が判明したとき、主治医を変える話が立ち上がったらしい。一度後任のベータ性の先生が挨拶に来たけれど、僕が全く懐かなかったので、仕方なく湊先生が継続となった。その代わり、僕の細首にはかたい革製の首輪が嵌められた。それから五年、湊先生と会ってからだと八年、僕の主治医は湊先生のままだ。
「大きくなったら湊先生と番になるの」
「大きくなったら、ね」
「って、約束したじゃないですかっ」
僕は朝から熱っぽく倦怠感を感じるからだをベッドから起こすと、で全力を絞って、診察に来てくれた湊先生に枕を投げつけた。枕は湊先生の胸にぽす、と当たって、床に落ちた。湊先生はカーペットの上に落ちた枕を拾ってくれると、僕に手渡した。それからメタルフレームの眼鏡を外してレンズを白衣の裾で拭いた。
「遥くんはまだ十五歳でしょ。無理です」
「なんでっ」
僕は癇癪を起こすけれど、言葉にちからが入らない。僕は今朝、はじめてのヒートを迎えていた。風邪をひいたときのように怠く、何をするのもままならない。
「今回から抑制剤も出しておくから、何かあったら連絡してね」
僕の癇癪などどこ吹く風といったふうの湊先生に、本当に僕からフェロモンが出ているのか疑問に思う。
湊先生には朝、母が連絡を入れてくれた。ヒートを起こしたオメガ性の僕を通院させることには、途轍もないリスクが伴う。
「先生、冷たいっ」
ぷぅと頬を膨らませる僕の頭を、湊先生は撫でてくれた。
「これからは、今まで以上に気を付けて」
それだけ言って、僕の部屋から出て行ってしまった。滞在時間は五分あるだろうか。ぱたん、と閉まる扉に僕はもう一度枕を投げた。「先生のばかっ」
湊先生はアルファ性なのに、僕をオメガとして見てくれない。外見が魅力的でないのだろうか。枕を拾いにいくついでに鏡を見た。そこに写ったのは、透けるような白い肌の如何にも病弱です、といった看板を背負った姿だった。大きな二重の瞳だったり、すっきりとした鼻梁だったりと、造作は悪くないのだけれど、同年代よりも小柄なからだはどうしようもない。
「先生は僕と番にはなりたくないのかな」
枕を抱えて、ぽふ、とベッドに倒れ込んだ。部屋の中には湊先生の残り香すらなくて、心に穴が空いたように寂しい。
それでもヒートの落ち着くまでの一週間程は、大人しくしていた。抑制剤もはじめて飲むもので、効いているのかどうかわからない。
ともだちにシェアしよう!