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第3話
困ったのは母だった。僕のヒートは不規則に起こった。
「まだ周期が確立できていないんでしょう」と湊先生と母が、話しているのを耳にした。
「困ります」と訴える母に、「これから段々と周期的になりますから」と湊先生は宥める。なぜ湊先生は母とは話すのに、僕とはほとんど話してくれないのだろう。そう思うと胸が苦しくて、ベッドでぎゅっとからだを小さく丸めて耐えるしかなかった。そうしているとたまに湊先生が来てくれて、頭を撫でてくれたりする。
今日は湊先生が来てくれた。
「つらいと思うけれど、頑張って」
ベッドの脇にしゃがみ込むと、先生の手の甲が僕の頬を撫でる。あんなに空っぽで苦しかった気持ちが満たされるのを感じる。
「先生、好きです」
それには湊先生は苦笑した。「ヒートの最中だからね。そんな気がするだけだよ」
「違っ」
半ば無意識に僕は、頬を撫でていた湊先生の大きな手を両手で掴むと、爪先に唇を寄せる。切りそろえられた爪と肉の間に舌を這わせた。途端に湊先生が、僕にいいようにさせていた手を引いた。
「遥くん、そういうことはやっちゃいけないよ」
硬質な声だった。怒らせてしまっただろうか。熱っぽさでよく回らない頭で「ごめんなさい」と謝った。でも頭の中は、触れた湊先生の体温でいっぱいだ。温かった。大きな手のひらで、意外と骨ばっている。
湊先生が帰ったあとも、あの手の感触が頭にこびりついていた。温かな大きな手のひらだった。あの手で頭を、からだを撫でて欲しい。皮膚の表面がぴりつく。
「先生、ぎゅってして」
じゃないとすごく寂しい。
なのに、とっくに帰ってしまった湊先生に、僕の言葉は全然届かない。
僕のヒートは不規則に起こる代わりに、数日で終わることもしばしばあった。そこは少しいいところだと思う。今日も朝、処方された抑制剤と持病の薬を飲む。
「薬、ちゃんと飲んだ?」
心配性の母に、ちゃんと飲んだことを伝える。「飲んだよ」
かたい革製の首輪も嵌めてある。これは絶対に外しちゃいけない、と母にも湊先生にも言われている。首輪を嵌めていることで、逆に自身がオメガ性であることを主張しているような気もするのだけれど、それ以上に外したときのリスクが高過ぎる。僕も湊先生以外に噛まれたいとは思わない。
制服に着替えて、鞄の中身を確認する。
「帰りに湊先生のところに寄ってくるから」
持病の方は段々安定してきていて、恐らく成人する頃には治るだろう、というのが最近の湊先生の見立てだ。でもそれまでには定期的に検査を受けなければいけない。
「そう。お母さん、帰りには迎えに行きたいけど、無理だから湊先生に送ってもらって」
母は激務だ。湊先生だって忙しいに変わりはないけれど、深夜の帰宅にはならないから、順当に言ってそうなる。僕としてはひとりで帰れると思うのだけれど、湊先生が送ってくれるなら甘んじて受け入れる。
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