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第4話
放課後、湊先生の務める病院に寄った。一通り検査をしたあと、呼ばれるのを待つ。三十分くらい待っていると、診察室の扉が開いて「清水遥さん」と呼ばれる。僕は鞄を持って、診察室に入る。
「先生、こんにちは」
「遥くん、こんにちは」
湊先生が柔和な笑顔で僕に挨拶を返してくれる。これは僕だけに特別なのではないのはわかっているのだけれど、「遥くん」呼びは僕だけだ。他の人は苗字で呼ばれている、らしい。
「最近調子はどう?」
湊先生がカルテの画面を横目で見ながら尋ねてくる。
「発作は全然出てないです」
前回の診察のときも、そんなことを言ったな、と思う。湊先生は「順調だね」と言ってくれた。褒められたわけではないけれど、嬉しくなる。
「ヒートの方は?」
今度は痛いところを訊かれる。
「不規則なまま。薬も効いてるのか、わかんない」
湊先生が番になってくれれば、こんなつらい思いをしなくてすむのに、とヒートの最中はいつも思っている。でも番になるということはそういうことをする、ということで、それはそれでヒート中でない今考えると恥ずかしくて、耳まで熱くなる。自然頭は俯いていき、診察用のスツールに座ったまま、爪先を見るようになる。
「抑制剤はいちばん最近認可の下りたやつだから、ちゃんと効くよ」
「それじゃあ、聴診させて」と言われて、僕は「はい」と答えた。先生の前でシャツを脱いで、貧弱なからだを見られるのは、あまり嬉しくない。あばらの浮いた胸も薄い腹も、血色のよくない肌も、どれも色気とは程遠いところにある。
「ごはん、ちゃんと食べてる?」
ほら、訊かれた。「食べてますぅ」とむくれて答えると、先生はくすくす笑って、「そう」と返してくれた。
聴診器で一通り胸の音を聴くと、「はい、次は背中」と言われる。くるりと椅子を回転させて、湊先生に小さな背中を晒す。聴診器を押し当てられた。
「ねえ、先生」
これから言うことを湊先生はどう思うかわからなくて、背中を見せてるいるときに訊くことにした。
「なあに、遥くん」
先生の口調は相変わらず優しい。
「ヒートのとき、先生に電話するのも、だめ?」
ヒートのときの喪失感は耐えがたく、せめて声を聴けたら違うんじゃないか、と思った。
湊先生は「うーん」と少し悩んだようだ。
「僕も毎回電話に出れるわけじゃないし、余計につらくなるかもよ?」
今日よく考えて。ヒートのときには理性が利かなくなるから。
「うん」
「だめ」とは言われなかったことに、ひとまず安堵する。あの寂しさから少しでも逃れられるなら、湊先生の声が聴きたい。
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