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第5話

 湊先生の診療が終わるまで、控室で待たせてもらった。馴染みの看護師が僕の革製の首輪を見て、「そっか、清水くんはオメガなんだね」と言ってきた。この人はベータ性だから僕と一緒にいても大丈夫だと判断されたのだろう。 「そうなんです。湊先生と番になれるんです」  頬を赤らめて言う僕に、看護師は微妙な表情をした。 「必ずしも番になることが、幸せじゃないと思うよ」  オメガに負担の大き過ぎることだよ、と言われた。そんなこと、わかっている。でも僕は湊先生ならそれでもいいと思っているのだ。  病気がちで友達もいなかった幼少期の僕に、「遥くん、こんにちは」と言ってくれたのは湊先生なのだ。診察のためとはいえ、毎週決まった時間に来てくれて、つらいときには傍にいてくれて手を握ってくれたのは、湊先生しかいなかった。先生がアルファなら、僕はオメガがいいなと、ずっと思っていた。先生のことだけを考えて、先生だけを求める本能なんて、すてきだと思ったのだ。  大人はそんな夢のあるものじゃないと言うけれど、でもそう言った人の誰も湊先生の代わりにはなってくれなかった。 「……それくらい、湊先生が好きなんです」  面倒臭くなって、そう返すことにした。大抵の大人はこれで納得してくれる。看護師も「そっか。大好きだね」と返してくれた。  当たり前だ。僕は湊先生が大好きだ。番になりたいくらいに。 「湊先生は倍率が高いから、負けないようにね」  冗談交じりに看護師がそう言ったときに、湊先生が控室に戻ってきた。 「先生、おかえりなさい」 「お疲れさまです」 「何の話をしていたの?」  三人の言葉が被った。 「湊先生はモテるって話です」 「僕が先生と番になりたいって話です」  今度は看護師と僕の言葉が被る。湊先生は辟易した顔で、「僕は遥くんとは番になりません」と宣言する。それを聞いた看護師は楽しそうに「振られちゃったね」などと言う。 「約束したのにっ」  僕がぷぅとむくれる。 「約束したから、家まで送るよ」  それは僕との約束ではなくて、母との約束だ。それでも湊先生の車に乗れるので、文句は言わない。  湊先生の車は黒のすっきりしたデザインで、内装は革張りだ。ここの助手席に座るのはこれで三度目だ。乗ると、すっとしたにおいがする。  小柄な僕にはシートが少し大きい。それを湊先生は笑う。 「相変わらず小さいね」  湊先生の手が伸びて、僕の頭を雑に撫でる。咄嗟に「可愛いでしょ?」と返すと、もう一度笑われた。 「心配になるから、もう少し大きくなりなさい」  そう言って先生は車のエンジンをかけた。  湊先生の運転は安全運転だ。急ブレーキは踏まないし、カーブも緩やかに回る。その横顔は診察中の柔和なものと違って、口を一文字に結んで少し強めの眼差しをしている。僕はこの顔の湊先生も好きだ。  

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