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第6話***

 次のヒートはひと月後に来た。夕方からからだが重怠くなり、熱っぽい。ぼうとして、頭が回らない。からだが重たくて、せめて制服を脱ぎたいのに、ベッドから起き上がれない。  母は仕事でいない。家にひとりだ。 「みなとせんせい……」  浅くなる呼吸の合間に呼んでみると、会いたさが込み上げてきた。会って、くだらない話に笑って欲しいし、大きな手のひらで頭を撫でて欲しい。それが叶わなくて、心が空っぽだ。  スマートフォンを手にとる。ひと月前に、ヒートのときに電話をかけてもいいと言われた。先生の声が聴きたかった。「大丈夫」の一言でもよかった。  朦朧とした意識で、記録している番号で湊先生を呼び出す。コール五回が途轍もなく長く感じた。湊先生はコール音に気付かないかもしれない。仕事が忙しいのかもしれない。僕よりも大変な患者がいるのかもしれない。六回めのコールは途中で切れた。 「はい、湊です」  仕事をしているときの湊先生の声だった。それが聴けただけで、胸の中が熱くなった。 「せんせい」  上手く呂律の回らない舌で、湊先生を呼ぶ。助けて、寂しい。 「遥くん? 今、ヒート?」  頭の中で湊先生の「遥くん」がループする。名前を呼ばれるだけで、寂しさが少し満たされる。でも本当は、スマートフォン越しじゃなくて、実際に会って名前を呼んで欲しい。会って、ぎゅっとして欲しい。 「せんせ、助けて。ぎゅってして」  からだはこんなに湊先生を求めているのに、現実の僕にあるのはスマートフォン一台だけだ。 「僕はアルファだから、行けないよ」  その一言だけで、下腹部に熱が集まる。触っていないのに、下着が薄っすらと濡れてきた感覚がある。無意識にもじもじと太ももを動かしている。 「つがいになって」  ぼうとする頭で僕は懇願する。そうしたらこの切ない感覚はなくなるんじゃないだろうか。 「それはだめだって言ってるでしょう、遥くん?」  遥くん。はるかくん。もっと名前を呼んで欲しい。 「せんせい、もっと名前よんで。すきって言って」  スマートフォン越しに湊先生の溜め息が聞こえた。迷惑だっただろうか。でも耳元で聞く溜め息は、吐息のようでどきどきする。 「遥くん」  聞き分けのない僕をあやすときに使う、柔らかな声音だった。下半身が熱い。 「遥くん、『好き』だよ」  ゆっくりと言い聞かせるような言い方に、背すじがぞくぞくした。 「ぁ……っ」  からだが小さく痙攣して、艶めいた声が漏れた。 「せんせい……、すきです」  浅い呼吸の合間に、僕はそれだけ告げた。  湊先生は苦笑して「ありがとう。もう切るよ」と呆気なく通話を終了してしまった。   

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