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第2話

ーcafe & bar クレオメー 「それは、災難だったね。お気に入りの遊び場で知り合いとバッタリなんて――」  晴人の愚痴を一通り聞き終えた百合斗(ゆりと)は、カップを晴人の前に差し出した。  その手は微かに震えていて、カップとスプーンがソーサーの上で小さな音を立てていて、カップの中身は危うくこぼれそうだ。 「――他人事(ひとごと)だと思って楽しんでないか?」  晴人はなんとか無事に提供された赤褐色の液体の入ったカップを持ち上げながら、目の前にいる口元を手で隠しながら肩を震わせている男を睨んだ。  彼は「怖いなぁ」などと言っているが、そんな事は欠けらも思ってはないだろう。  晴人は揶揄(からか)われていることに一瞬ムッとするものの、怒る気力はまるで湧いてこなかった。  それもこれもあの押しの強い後輩のせいだ。  青い花が描かれたカップに口をつける。微かにバニラが香る紅茶だった。  百合斗淹れる紅茶は、ペットボトルの紅茶を飲み慣れてしまっている晴人でも加糖せずに美味しいと思えるほどである。いっそ紅茶専門店でも始めればいいのにと常々思う。  飲み直すつもりでこの店を訪れたが、これでは文句ひとつ浮かばないのも仕方がない。  紅茶を堪能している晴人をしばらく眺めていた百合斗は何かを思い立ったように、表の電気を消して、ドア看板を『OPEN』から『CLOSE』に変えた。  どうやら今日は早々(はやばや)と店仕舞いをするつもりらしい。 「まったく――。ハルがこんな時間に来るなんて珍しいから、本当に何事かと思ったよ」  戻ってきた百合斗は、休憩室からわざわざ折りたたみのカウンターチェアを持ってきて晴人の真正面に腰を下ろす。  手元には氷入りのロンググラスがふたつ、白いラベルのウイスキーと炭酸水、自家製のミントシロップが準備されている。  どうやら晴人の飲み直しに付き合ってくれるつもりのようだ。 「で、その後輩ってどんな子なの?」 「どんなって、そうだなぁ……。学年問わず友人が多くて、顔もスタイルも良かったから舞台映えして、衣装の作りがいがあったくらいしか覚えてない」  後輩の人物像を思い出そうとするが、つい数時間前まで一緒にいたというのにその記憶があまりにも曖昧だったのでなんとなく覚えてる印象と感想を簡潔に口に出す。 「――へえ。面食いハルの御眼鏡に(かな)う子だったんだ」  飲み終えたカップと入れ替えるようにミントジュレップ風ハイボールが晴人の前にコルクコースターと共に置かれる。 「いや、俺は別に面食いじゃないからな。神代についてはきれいな顔立ちだったという印象があるだけで、正確なパーツまでは覚えてない」 「そう言うことにしといてあげる」 「そういう事も何も事実だ」 「でも、その後輩くんもカッコいいんでしょ?」 「そこは否定できないが……」 「そんな話を聞いたら、一度は見てみたくなるなぁ」  一拍置いて「連れてこないの?」と百合斗が続けたので、晴人は思いっきり眉間に皺を寄せた。 「一緒に酒を飲みたいと思えるほど仲良くない」  晴人は百合斗の言葉を遮るように拒否した。 「仲良くないって、なかなか辛辣な事言うね。その子、ハルと話したくてわざわざ声をかけてきたんじゃないの?」 「あいつは単なるコミュニケーションお化けなんだ。一度話したらみんな友達とか言い出すやつがいるだろ。そんな感じだ。ちなみに、そういうのは俺が一番苦手とするタイプだ。つまり、必要以上に関わることはしたくない。連絡が云々と言ってたが、あれも社交辞令であってほしい」 「ハルはホント、無遠慮に距離を詰められるのが嫌がるよね。特にノンケ相手だと警戒心丸出し」 「猫みたいで可愛いけど」と言いながら手を伸ばす百合斗に晴人は顔を(しか)めた。伸ばされた手を軽く払ったが、百合斗は特に気にした様子もなくグラスに入った酒を煽った。 「で。その顔のいい後輩君が現れたせいで、今日の遊び相手が見つけられなくてウチに来たってわけか。今夜のお相手になれるけど、――どうする?」  百合斗はカウンターから出るとゆっくりと晴人の隣までやって来た。  そして長い腕を晴人の肩に回す。今度は彼の行動を受け入れる。  顔が近づき視線が混ざり合うと、優しげだった目元がギラギラと欲情した鋭い目に変わった。  百合斗としては、今日のこのチャンスを逃すつもりはない。  晴人は神代との再会で興を削がれていたが、百合斗の熱の籠った視線を浴びると、一瞬のうちにその気にさせられてしまった。 「楽しませてくれるんだろうな?」  晴人が応えるように首に腕を回せば、百合斗は「もちろん」と返えし、唇を合わせた。  百合斗の薄い唇を割って出てきた酒で冷えた舌は、晴人の紅茶で熱くなった舌を絡め取る。  微かなミントの香りと百合斗の匂いが混ざって鼻腔を(くすぐ)り、たった一瞬の口づけだったが晴人を(たかぶ)らせるには十分だった。  戯れの様なキスを終えると、百合斗は耳元に口を寄せ「いい子で待ってて」と言い、空いたカップを回収してカウンターの中へ戻っていった。  

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