4 / 242

第1章ー第4話 新しい仲間たち

「銀太って。なんかちょっと抜けてそうな奴が来ましたね。係長」 「いいんじゃないですか。若そうだし。一気に若返り」 「真面目そうで、からかいがいがありそうだ」  彼らは好き勝手なことを言い始める。しかし、生真面目な田口は、どう反応したらいいのかわからない。狼狽えてしまうと、つい先ほど入り口で会った男を見た。助けを求めるわけではないのだが――。彼は四つの席の真ん中にある、誕生席に腰を下ろした。 「田口、よろしく。おれは文化課振興係長の保住だ」 「係長!?」  ——この年下の男が!?  田口は目を見張った。その反応に、他の職員たちが「だ」とばかりに笑い出す。 「あ~あ。バカにしていますよ」  保住から見て右隣にいる少しお腹の出た中年の男は、ニヤニヤとして面白そうに保住に視線を向けていた。 「ち、違います」 「いやいや。顔に書いてあるって。こんな若い係長の下で働くの? って」  少し白髪の入っているその男は、丸い眼鏡をずり上げて面白そうに笑っていた。 「渡辺さん、そう虐めたら可哀想ですよ」 「でも」  保住は職員を紹介した。 「こちらが、係長補佐兼主任の渡辺さん」 「渡辺でーす。四十七歳。一応、中学生の女の子と男の子の父です」  彼は右手でピースを作って笑った。正直、仕事できるのか? と思うくらい軽そうなオヤジ。そして、「次はおれの番っ」とばかりに、渡辺の隣に座っている風船みたいな男はドヤ顔で田口に視線を寄越した。 「おれは、矢部ちゃん。三十九歳独身。好きなものはアニメ。二次元の女の子よりも三次元好き。一応、主査です」 「矢部のアニメ好きは、半端ないもんな」  渡辺は呆れた顔をした。 「パソコンの待ち受けをアニメの美少女にしていたら、局長にパソコン破壊されそうになったもんな」 「おれは、別にいいと思うんだけどな~」  保住は大して気にしていない様子で笑う。今度は、渡辺の目の前の男が挨拶をする。骨と皮の骸骨男だ。 「おれは谷口です。三十五歳。おれも独身。彼女募集中」  骸骨みたいな顔で真面目に言われても、女子は寄り付かないのではないだろうかと、真面目な田口でも思った。  一通りの自己紹介が終わると、職員たちは田口をじっと見ていた。  ――なにを求めているのだろうか? みんなが既婚か独身か話しているから、それなのだろうか。  田口は動揺し、口ごもってからやっと言葉を紡いだ。 「おれは独身です。二十九歳です。友達もいません。つまらない男ですが……どうぞ、よろしくお願いします」 「ぶ」 「つまらないだって」 「全然。面白いけど」  三人にからかわれて、なんだか狐に摘まれたみたいだ。求められたから答えたというのに、笑われるなんて心外だが、こういう雰囲気に馴染まないのだ。終始狼狽えてばかりで居心地が悪い。  ――こんな部署初めてだ。  緩い感じがにじみ出ているではないか。ここは職場なのだろうか、と疑いたくなるくらい。今までいた部署とは真逆の雰囲気に戸惑っていた。ピリピリしていたり、ギスギスした感じもない。みんなが笑顔だなんて――。なんだか、プライベートの環境に置かれているようだった。 「そんな顔するな。突っ立っていないでさっさと準備しろ。仕事をさっそく教えるからな」  保住の言葉に頭を下げから、さっそく谷口の隣の席に荷物を置く。荷物と言っても、文具少しと法律関係の書類だけだ。それを覗き見て、谷口はチャチャを入れてきた。 「真面目か。もう法令読んできたのかよ」 「すみません」 「謝るところじゃないだろう」  ――この緩い環境は、谷口が作っているのか?  そんな事を考えながら、谷口から渡されたこの部署に関連する法令や要綱要領を読みながら、それぞれの様子を観察し始めた。 ***  半日も観察していると、色々なことが見えてきた。田口は寡黙であるが故に、洞察力には長けている。人には大変興味がある男だ。  いや、それは人に限ったことではない。仕事についても然りだ。  新しい部署に来て、「わからないからやらない」とか、「知らない」では済まさないタイプ。配属されたからには、わからないなら知りたいし、学びたい。自分のものにしたい。そういう男だ。  そういう点から見ると、案外、欲張りで貪欲かもしれない。田口の場合、いつもそこにあったから、あって当然なのだ。だから「ない」と嫌になるから欲しくなる。自分の欲しいものは人でも、物でも、知識でも、手に入れたくなるのかもしれない。   人と相入れないくせに。人の関係性を早く見抜いて、自分の立ち位置を決めるのは得意だ。  さっそくこの部署のことも分析をする。この緩い雰囲気を作っているのは、やっぱり緩い男、係長の保住だ。  渡辺と矢部が揉めると、間に入って冗談を言いながら仲良くさせる。気難しくてこだわりの強い谷口の話も、角が立たないように上手く緩める。保住が部下たちの間に入って、立ち回っているのはよくわかった。  しかし、保住という男はほとんど仕事をしているようには見えなかった。パソコンを眺めてはいても、キーボードを打っている様子はないし、書類も眺めてはポイ、眺めてはポイだ。ハンコも適当だし、これでどうして係長なのだろうか。  この仲間の中で、自分はどの立ち位置でいればいいのだろうか。そんなことを考えながらも法令に視線を向けていると、保住に呼ばれた。 「田口。午後、付き合え」 「え?」 「外勤に行くから。お供」 「はい」 「カバン持ちか~」 「いいな~。係長どこに行くんですか?」 「県庁だけど」 「げ~、じゃあいいです」 「遠慮します」  三人はバツの悪そうな顔をした。 「県庁には、なにかあるんですか」  谷口に囁くと、彼は「ああ」と答えた。 「県庁の担当者、最悪だぜ~。嫌味ばっかりだからな」 「は、そこそこやってるから面白くないんだろう」  矢部も口を挟むが、田口にはその意味が少々理解できていない。不思議そうに首を傾げると、渡辺が更に説明を付け加えてくれた。 「梅沢市(うち)は県庁のお膝元だろう? だから、こっちも張り合う気持ちがあるし、あっちも面白くないんだよ」  渡辺の説明が一番良くわかりやすい。田口は頷いた。農業振興係の時も、県との関わりは無論あったが、あまりそう感じなかったのだが……。 「今度、県立美術館で行われる催しの件で、市内の公民館になにかやらせたいみたいだ。悪いがどこも忙しいからな。無理はさせられない」  保住はネクタイを引っ張って八つ当たり中。 「ああ、面倒だ。こんなものは廃止してもらいたいものだな」  田口にとったら、スーツやネクタイは戦闘服に近い。廃止するなんて信じられない発想だ。田口は目をぱちくりぱちくりとした。文化課振興係に配置されて半日なのに、精神的な疲れがどっと伸し掛かってくるのは気のせいないと確信した。

ともだちにシェアしよう!