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第1章ー第6話 目が回る
「と、いうことで。ぜひお願いしたいのですが」
「お断りさせてもらいます」
県担当者の説明に、保住は即答した。田口は目が点だ。県担当者の長嶋も、ぽかんとしていた。
「だから、あの」
長嶋は、やっとことの成り行きを飲み込んだのか。むっとした顔を見せた。驚きの後は、不愉快な気持ちになったのだろう。
四十そこそこの七三分けの男は、持っていたボールペンをくるりと回す。これはわざとだろう。「自分の気持ちを知れ」と、言わんばかりの明らかな感情表出だ。
しかし保住は、真面目な顔で書類を彼の目の前に返した。
「申し訳ありませんね。とても素晴らしい企画へのお誘いですが、今年度は事業が重なっていて、余力がないのですよ。こういったお申し出をいただけるなら、前年度中にお願いしたいものです。誠に残念です。それでは失礼いたします」
そう言うと保住は、立ち上がった。田口も慌てて頭を下げてから、保住に従って部屋を出る。出る際、ふと振り返って見た長嶋は、細い眉毛をこれでもかとひそめていた。
いくら県と言えども、強引に事業を押し付けることは出来ないということだ。
まさか、即答で断ってくるとは思っていなかったらしい。きっと他の策を講じていなかったのだろう。ぐうの音も出ないとは、このことだろうな、と田口は思った。
「長嶋さん。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします」
保住は朗らかに笑うと、会議室を出た。たった五分の邂逅。だが足を運んだ事に意味があるのだ。電話であっさりと断ると、入り込まれる可能性が高いが、今回の場合は、わざわざ足を運び、きちんと話を聞いてからお断りしたのだ。これ以上は、長嶋も口出しは出来ないだろう。
――スマートな仕事裁きだ。
庁舎を出て駐車場に向かう途中、田口は保住に視線を落とした。
「すごいですね。県に対していいんですか? あんな振る舞いで」
「別に構わない。県は市の上部機関ではない。局長か課長に苦情が入るだろうが、この件は断るという話で詰めてきた。問題ない」
「そうですか」
――ならいいですけど。
田口は心配になった。案の定、事務所に帰ると、課長の佐久間に声をかけられた。
「保住 ちゃん、電話来ていたよ」
「課長」
「局長のところにね」
佐久間は小柄でふくよかな体型だ。彼は人のいい笑顔を見せる。
「予測通りですね。単純なお人だ」
保住のコメントに、眉の細い長嶋の顔が思い出された。
「想定内。問題ないそうだ」
佐久間はニコニコと言い放った。これは局長の言葉、ということか。
「ありがとうございます」
「ご苦労さま」
席に戻る佐久間を見送ってから、田口たちは席に戻った。
――これが、文化課振興係。ついていけるだろうか。今までとは、全く違ったやり方に目が回りそうだが、そんなことは言ってられないな。早く理解しなければならない。
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