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第4章ー第50話 よく働く男

 翌日の金曜日。祖父と父親は、いつもの通りに畑仕事に出かけていった。兄夫婦も仕事だ。芽衣は午前中は部活。小学生たちは午前中は寺子屋行きだ。  夏休み、小学生たちは近くの寺に集まって宿題をするのだ。この時期、農家は忙しい。子供たちのことばかり構ってはいられないので、寺の住職の好意で、特設学童クラブが開催させれているのだった。  田口の帰省最大の理由は、土曜日に開催されるクラス会である。そのクラス会以外は、実家でのんびりする計画だったので、金曜日は特にやることもなく、家業の手伝いだった。 「すみません、行ってきます」  まだ起きられずに、(とこ)にいる保住に声をかけると、彼は本気で申し訳なさそうな顔をしていた。 「気になさらずに。少しでも身体を戻してください」  そう言ってから障子を閉める。田口家の人間たちが保住に多大なる興味を抱いていることは一目瞭然。彼をなんとしても、自室から出すわけにはいかないのだ。  ――絶対だ。  田口は自分にそう言い聞かせてから、玄関に向かった。 ***  こうしてなにもしていないのに。うつらうつらしているせいか、時間の感覚もない。蝉の鳴く声がよく聞こえてくる。昼が近いのだろうか。 「あの、起きでます? 係長さん」  ふと優しげな落ち着いた女性の声が響く。田口の母親だと、一瞬で認識した。 「起きています」  障子が開くのと同時くらいに、保住は体を起こす。 「あらあら。寝ていていいんですよ」 「そうもいきませんが、本当に申し訳ないことばかりです」 「ずっと寝てるがら、着替えどうかしらと思って」  彼女が持参したのは藍色の寝巻きだった。 「これは珍しいですね」 「療養中は、今時の服では汗を吸い取らないがらね。家ではこれに限るんですよ」 「そうなんですね」  馴染みのないそれだが、田口の母親の言うことは一理あるのだろう。 「肌触りがいいですね」 「是非よがったら」 「ありがとうございます」 「それと、銀太は遅れてくると思うから、昼食を持ってきますね」  田口はまだ手伝いか。「よく働くものだ」と、保住は思った。  自分が実家に行った時は、ともかく自分の仕事ばかりで、母親の手伝いをするなんてことはない。親孝行なものだ。見習わなくてはならない。 「いえ。運んできてもらってばかりでは申し訳ありません。ただ、逆におれが出て行かない方がいいのであれば、ここにいますが」 「あらやだ! そう言う意味ではなくて」  田口の母親は、顔を赤くして笑う。可愛らしい女性だ。 「係長さんにご迷惑がと思って」 「おれは、そんなことは」 「じゃあさっそく! 一緒に食べましょうよ。張り切っちゃおうがな〜」  彼女は嬉しそうに手を叩いて部屋を飛び出した。  ――大丈夫だろうか。  彼女の出て行った戸を見て、保住はため息をついた。

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