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第4章ー第49話 ちっぽけな思い
いつも出会う場所ではないからか、いつもの田口ではないみたいな気がした。いつも堅苦しい彼は、さわやかなミントブルーのTシャツにデニム姿だった。なんだか笑ってしまった。
「なんです?」
「いや。悪い。いつもかっちりした田口しか知らないから……なんだか、ますます中学生に見えるな」
「な?! 中学生って。ひどくないですか?! しかも、ますますの表現って、普段も中学生ってことですよね?」
田口の反応は面白い。保住は愉快な気持ちになって笑い出した。笑われた田口は、不本意な顔をしていたが、あまりにもおかしそうに保住が笑うものだから、怒る気にもならなかったようだ。
「本気で係長って友達いないでしょう?」
「よくわかったな」
涙を浮かべて笑う。
「こんな調子だからな。いるわけがない!」
保住は言い切る。田口も笑ってしまう。
「本当。係長は変わってますよ」
「そうかな。そういう田口もそうだろう。最初に友達はいませんって言っていたな」
「確かに。そうですね! 変わり者という点では似ているんですかね?」
「似ているのかも知れないな……。本当は、年下の部下を持つのは初めてで、戸惑っていた。仲良くできるのか、きちんと教育できるのか不安だった」
田口は目を丸くした。そして苦笑した。
「係長でもそんなことを思うのですか?」
「思う」
「意外です」
「しかし、思ったよりもやりやすい」
「そうですか? 手がかかりますよ」
「そんなことはない。おれが下手なだけだ。要領を得ない。自分一人で行動するのは楽だが、人を上手く使うということは難しい」
「違うって言いますよね」
「そうだな。実感した」
だけど田口はいい奴だった。スポンジみたいになんでも吸収してくれるし、素直。
真っ直ぐに伸びてくる。その内、すぐに追い抜かされそうだ。保住はそう思った。
――そこまで褒めると、後で語弊があるかも知れないから、言わないが。期待以上の部下だ。
「似ている部分があるから、上手く行くのかも知れないな」
「上手く行っていると思ってもらえるなら嬉しいですけど」
保住はそこで声色を変えた。
「お前はこんな幸せな環境で育っているのに、どうして卑屈になるのだ? 満たされてきたのではないか」
「そうでしょうか。幸せってわけでもないんですよ。家族が多いと、思いも増えるものです。家族関係って色々です」
「確かにな」
突然の話に少々戸惑うが、保住は田口の話に耳を傾けた。
「地元では期待されている家です。田口家は。父も地域を取りまとめる役をやっている内に、町議会議員になりました」
「そうか。素晴らしいお父さんだな」
「大したことないです。こんな小さな町ですから……」
「そんなことはない!」
保住が急に大きな声を出したので、田口はびっくりたのか、キョトンとした顔をした。
「大なり小なりは関係ない。地元の為に尽力されている素晴らしいお父さんだ。なかなか出来ないことだぞ? 好かれる仕事ではない」
――町議など損な役回りだな。
大概、地元の人たちに推されて議員になったものの、なったらなったで「あれをしてくれ」「これをやってくれ」とみんなそれぞれ勝手なことばかり言うものだ。そして、出来ないと陰口を叩かれる。全くもって損な役回りなはずだ。
田口の父はそれを担っているのだ。並大抵のことではない。
「何度も帰ってくるように言われています。父や兄を手伝えって。役場に勤めればいいじゃないかと」
「確かに。その選択肢は妥当かもしれないな。梅沢に縁もゆかりもないのだから」
「ですよね」
「しかし、選ばないのだな」
「そうなんですよね。正直迷ってはいます。ただ、地元は好きだけど、ここに留まるのは、なんか少し違う気がして」
「違う?」
「う~ん……」
だから言葉をどう選んだらいいのか悩んでいるのか、田口は少し言葉を切った。
「えっと。ここにいればなに不自由ないと思うんです。だからこそ」
「一人でやってみたい」
保住がぼそっと呟いた。
「そう。そうかも知れません。自分の力を試したい」
「試すだけか?」
「いや。成功させたい」
「成功?」
「なにがゴールなのかわかりません。でも、今ある仕事をやっていきたいんです。自分の力で」
田口は答えを見つけたのか。目を輝かせてほずみを見据えた。
「係長と同じ部署になれて、良かったです」
「おれ?」
「そうです。仕事が楽しくなりました。色々と教えてもらいたいことがたくさんあります」
「随分、照れくさいことをストレートに言ってくれる」
一瞬、驚いた表情をしていた保住は笑った。言った張本人も、とてつもないことを口にしたことに気が付いたのか、顔を真っ赤にした。
「え!? 係長! からかわないでくださいよ!」
「からかってはいないのだが……」
「もう、いいから飯食ってください」
「しかし、」
そんな押し問答をしていると、障子の向こうから鈴の音のように通る女性の声がした。
「お取り込み中のようだけど、銀ちゃん、お食事どう?」
そっと障子が開き、顔を出したのは中学生くらいの女の子だった。
「まだだから。おれが片付けるからいいって母さんに言ったのに。悪いね。芽依 ちゃん」
田口の母親に、様子を見てくるように言われたのだろう。彼女は恥ずかしそうに田口と保住を見た。
「すっかりおしゃべりに夢中になっていたな。申しわけない」
保住がそう言って笑顔を見せると、彼女は顔を赤くして障子を閉めた。
「気を悪くするようなことを言っただろうか?」
保住は首を傾げる。田口は呆れた顔をしていた。
「ともかく。どうぞ、召し上がってください」
「そうだな。話をしたら少し気分がいい。食べてみよう」
彼はそう言うと、おにぎりを持ち上げた。
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