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第10章ー第94話 ボス戦二回戦!
早朝に出勤したおかげで、保住を寝かせてから職場に戻っても余裕で間に合った。『電話が入って、係長はお休みです』とみんなに伝えたところ、渡辺たちは顔を見合わせた。
「昨日、かなりお疲れだったしな」
「仕方ないな」
そんな話をしていると、澤井が顔を出した。
「保住は休みか」
渡辺が答える。
「体調が思わしくないとのことです」
「ふん、休みなんか取るかと強気なことを言っていたくせに。様 ないな」
澤井の言葉は田口のなにかに引っかかった。
――知っているのだ。
この人は、昨晩の保住を。
「あの、局長」
自室に戻る澤井を追って田口も彼の部屋に入り込んだ。
「なんだ貴様。おれはお前に用はない」
「あの、係長のことです」
田口の言葉に、面倒くさそうにしていた澤井は、椅子に座り田口を見据えた。
「なんだ」
「昨晩、局長は係長を送っていただいたんですよね?」
「そうだが」
「なにかあったのでしょうか?」
――大友じゃない。
保住は澤井と共に行動していたはずだ。大友は確かに見送ったのだ。その後に澤井が大友に保住を渡すとは考えにくい。大友のちょっかいを見過ごす程、保住をどうでもいい人間扱いしていない男だ。むしろ大友なんかに指一本も触れさせないのではないかと思う。
だって、澤井の目は自分のそれと同じだから。同じ匂いがするからこそ、澤井が保住に近づくのが嫌なのだ。
「なにかとは?」
「あの。いえ……」
息巻いたものの、なんの証拠もない。澤井が事の顛末を話すとも限らない。田口は口ごもった。それを見て澤井は目を細めた。
「あいつを休ませたのは、お前だな」
「え!」
嘘をついても仕方がない。田口は小さく頷いた。
「今朝、出勤してきたところ、係長は仕事をしていましたが、とても仕事が出来るような様子ではありませんでした。案の定、連れ帰りましたところ、すっかり眠り込んでしまいましたので、勝手ではありますが、お休みの報告をさせていただきました」
「そうか」
澤井は笑い出した。
「お前は、保住が好きなのだな!」
「え――」
「好きは好きでも特別な意味合いを帯びている。尊敬や、憧れの域ではない。愛情や恋心だな!」
「な、あの……」
上司に同性への恋心を指摘されるなんて、墓穴を掘ったのだろうか。澤井は鋭い。彼には近づかない方が良かったのだろうか。内心焦った。市役所にいられなくなるのではないか? そんな危惧まで心を責め立てる。
だが、しかし。澤井は一頻 り笑うと、愉快そうに田口を見た。
「おれは、あいつの父親とは同期で、そして好いていた」
「え」
――急になんの話なのだ?
澤井の意図が理解できないので、どう反応したらいいのかもわからない。田口は黙りこんでいた。
「周囲からはライバル同士だと思われていたから、表立って仲良くする訳にはいかなかったが。おれは、あいつを好いていた。意地っ張りなおれだ。こんな性格だからな。素直に気持ちを伝えることもなく、別な奴に掻っ攫 われて、そのままあいつは死んだ」
――別なやつに? 保住の母親のことなのだろうか?
「昨日、あいつが大友に犯されそうになっているのを助けた」
――やっぱり! 大友は黒。
田口は拳をギュッと握った。
「可愛い部下だ。そう思ったが……その時の保住と、あいつの父親とが重なって見えて。さすがのおれも理性を抑えることは叶わなかった」
「局長……」
「おれは、あいつを犯した」
「――こんな話、なぜおれにするのです」
田口は、声を潜めて怒りを押し殺した。
「お前は保住を愛しているようだからな。隠すことでもあるまい。あいつが、お前にこのことを言うのかどうかは知らんが……。お前は知りたいだろう? 昨晩のことを」
「それは」
「なんでも答えてやるぞ」
不敵な笑みは、勝ち誇った者の優越感だ。拳を握りしめて、真っ直ぐに澤井を見据える。逆境こそ前を向く。下を向いたらお終いだ。
「一つだけ。あなたは昨晩、なにを得たのですか」
「得たものか」
彼は少し黙り込んでから呟く。
「ハッキリしたのは、あいつはあいつで、父親ではないということだな」
田口は頭を下げた。
「失礼いたします」
***
田口の気配が消えて、澤井はため息を吐く。
「少しは意地悪したくもなるだろう?」
情事の最中に保住が呼ぶ名は自分ではなかったのだから。
「あいつは全く気がついていないと思うが」
――保住は田口が好き。
澤井はそう確信していた。
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