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第11章ー第100話 同期

「遅くなりました。申し訳ありません」  水野谷は、にこっと笑ってから男を紹介した。 「星音堂(せいおんどう)一、有能な安齋だよ。今回の企画の担当者です」 「有能という表現、やめていただきたいですね。課長」  眼鏡が光っていて表情は読めないが、真面目そうなのはよくわかる。  ――いや怖いタイプ?  田口は少し構えた。正直、星音堂にこんな出来るような男がいるとは思ってもみなかった。出てくる時、谷口たちに言われた言葉があったからだ。 『星音堂は流刑地みたいなもんだ。一度配置される、本庁には戻れないらしい。本庁でヘマしたらあそこって噂だからな』  ダメな人間が揃っているなんて、勝手に思っていた。  だが意外だ。どの職員も変な様子はない。堂長兼課長の水野谷は、人当たりのいい管理職という感じだ。お茶を出してくれた吉田も恥ずかしそうにしているものの、お茶の出し方や接遇は成っている。それに、ほかの職員も真面目に仕事をしているようだ。そして安齋という職員。 「そちらの意向は、よく理解いたしました。それでは、うちの意向をお伝えします」  彼の話は簡単だ。 「日程は一月中にいただきたい。周知チラシ印刷のためです。以上です」  ――それだけ? 田口は、安齋を見る。彼は「なにか?」と一瞥をくれた。 「いえ」 「他に要望があるのかと思ったんですが」 「そんなものはありませんよ。こちらとしては、抱き合わせで事業が出来るなら、願ったり叶ったりです。別段、問題はありません」  きっぱりと言い切る安齋。それを見て水野谷が茶々を入れた。 「全く面白味もない男でしょう? だから三十にもなって彼女も出来ないんだから」 「課長」  彼はじろりと水野谷を睨む。それを受けて保住も苦笑した。 「そんなこと言われたら、おれなんて終わってますけど」 「そうだった! 保住、君もだよ! いい歳なんだから、そろそろ身を固めないと」   田口は咳払いをする。 「おれも30ですが、独り身です」 「なんだよ! おれ以外独身?!」  水野谷の言葉に仕事をしていた職員が二人手をあげる。 「おれも」 「おれもです」  先程、お茶を出してくれた吉田もだ。真面目に仕事をしているのかと思いきや、聞き耳を立てていたのだろうか。水野谷は大きくため息だ。 「これだ! 日本の将来が暗くなるわけだ!」  彼は安齋と田口を見る。 「君ら同期になるのかな? 三十でしょ?」 「はい」 「そうなりますね。同期会には顔を出さないので分かりませんが」 「おれもです」  保住は「確か」と続ける。 「田口たちの年代は、大量雇用の年だったな」 「そうでした」 「誰が誰だかなんてわかりませんけど」 「だな」  同期といっても仲良くする気もない安齋だろうし、田口も人見知りだ。これからも交わることはないだろう。 「では、失礼しましょうか」  保住の言葉に水野谷は名残惜しそうだ。 「もう帰っちゃうの? 寂しいなあ」 「すみません、また次の機会に」 「今度は、飲みに行こうね。吉岡さんも会いたがってる」 「ありがとうございます。よろしくお伝えください」  保住は笑顔を見せてから事務所を後にした。 「あの方は……」  田口は車に戻ってから尋ねる。 「あの人も父の後輩だった人だ。あんな調子で星音堂にやられているけど、正直言うと、あの人じゃないと、星音堂は管理出来ないと思う」 「そうなんですね」 「星音堂は流刑地とか言われているが、どこの部署よりオールマイティさを求められる。予算、施設管理、広報活動、事業計画立案と実行、評価。専門性も高い。そんな部署、なかなか本庁にはない。公民館業務も似てはいるが、それよりもやらなくてはいけないことが山積みだ」 「そうなんですね」 「あの人、学習院出のお坊ちゃんだし」 「ああ」  ――だから少しみんなとズレているのか。  田口は苦笑した。 「田口」 「はい」  保住は田口をまっすぐに見る。 「おれは上手く出来ないが、お前は横の繋がりも大切にしろ」 「え――?」 「お前を助けてくれるのは、上司や部下だけではない。同期も然りかもしれないぞ」 「しかし、同期は難しそうですね」 「それはそうだ。おれは出来ないな」  助手席に乗ってから彼は笑う。 「同期はどうしても足の引っ張り合いがあるからな」 「保住さんに優しくしてくれる同期なんているんですか? みんなから反感ばかりでは?」 「よくわかるな! だから――」 「友達いないんですよね」 「だな」  秋の匂いがする街中を田口は車を走らせた。

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