100 / 242
第11章ー第100話 同期
「遅くなりました。申し訳ありません」
水野谷は、にこっと笑ってから男を紹介した。
「星音堂 一、有能な安齋だよ。今回の企画の担当者です」
「有能という表現、やめていただきたいですね。課長」
眼鏡が光っていて表情は読めないが、真面目そうなのはよくわかる。
――いや怖いタイプ?
田口は少し構えた。正直、星音堂にこんな出来るような男がいるとは思ってもみなかった。出てくる時、谷口たちに言われた言葉があったからだ。
『星音堂は流刑地みたいなもんだ。一度配置される、本庁には戻れないらしい。本庁でヘマしたらあそこって噂だからな』
ダメな人間が揃っているなんて、勝手に思っていた。
だが意外だ。どの職員も変な様子はない。堂長兼課長の水野谷は、人当たりのいい管理職という感じだ。お茶を出してくれた吉田も恥ずかしそうにしているものの、お茶の出し方や接遇は成っている。それに、ほかの職員も真面目に仕事をしているようだ。そして安齋という職員。
「そちらの意向は、よく理解いたしました。それでは、うちの意向をお伝えします」
彼の話は簡単だ。
「日程は一月中にいただきたい。周知チラシ印刷のためです。以上です」
――それだけ?
田口は、安齋を見る。彼は「なにか?」と一瞥をくれた。
「いえ」
「他に要望があるのかと思ったんですが」
「そんなものはありませんよ。こちらとしては、抱き合わせで事業が出来るなら、願ったり叶ったりです。別段、問題はありません」
きっぱりと言い切る安齋。それを見て水野谷が茶々を入れた。
「全く面白味もない男でしょう? だから三十にもなって彼女も出来ないんだから」
「課長」
彼はじろりと水野谷を睨む。それを受けて保住も苦笑した。
「そんなこと言われたら、おれなんて終わってますけど」
「そうだった! 保住、君もだよ! いい歳なんだから、そろそろ身を固めないと」
田口は咳払いをする。
「おれも30ですが、独り身です」
「なんだよ! おれ以外独身?!」
水野谷の言葉に仕事をしていた職員が二人手をあげる。
「おれも」
「おれもです」
先程、お茶を出してくれた吉田もだ。真面目に仕事をしているのかと思いきや、聞き耳を立てていたのだろうか。水野谷は大きくため息だ。
「これだ! 日本の将来が暗くなるわけだ!」
彼は安齋と田口を見る。
「君ら同期になるのかな? 三十でしょ?」
「はい」
「そうなりますね。同期会には顔を出さないので分かりませんが」
「おれもです」
保住は「確か」と続ける。
「田口たちの年代は、大量雇用の年だったな」
「そうでした」
「誰が誰だかなんてわかりませんけど」
「だな」
同期といっても仲良くする気もない安齋だろうし、田口も人見知りだ。これからも交わることはないだろう。
「では、失礼しましょうか」
保住の言葉に水野谷は名残惜しそうだ。
「もう帰っちゃうの? 寂しいなあ」
「すみません、また次の機会に」
「今度は、飲みに行こうね。吉岡さんも会いたがってる」
「ありがとうございます。よろしくお伝えください」
保住は笑顔を見せてから事務所を後にした。
「あの方は……」
田口は車に戻ってから尋ねる。
「あの人も父の後輩だった人だ。あんな調子で星音堂にやられているけど、正直言うと、あの人じゃないと、星音堂は管理出来ないと思う」
「そうなんですね」
「星音堂は流刑地とか言われているが、どこの部署よりオールマイティさを求められる。予算、施設管理、広報活動、事業計画立案と実行、評価。専門性も高い。そんな部署、なかなか本庁にはない。公民館業務も似てはいるが、それよりもやらなくてはいけないことが山積みだ」
「そうなんですね」
「あの人、学習院出のお坊ちゃんだし」
「ああ」
――だから少しみんなとズレているのか。
田口は苦笑した。
「田口」
「はい」
保住は田口をまっすぐに見る。
「おれは上手く出来ないが、お前は横の繋がりも大切にしろ」
「え――?」
「お前を助けてくれるのは、上司や部下だけではない。同期も然りかもしれないぞ」
「しかし、同期は難しそうですね」
「それはそうだ。おれは出来ないな」
助手席に乗ってから彼は笑う。
「同期はどうしても足の引っ張り合いがあるからな」
「保住さんに優しくしてくれる同期なんているんですか? みんなから反感ばかりでは?」
「よくわかるな! だから――」
「友達いないんですよね」
「だな」
秋の匂いがする街中を田口は車を走らせた。
ともだちにシェアしよう!