115 / 242
第14章ー第115話 泣かないで
「嫌いとかの問題ではないだろう。部下と上司だし、お前のことは好きとか嫌いではなくて」
――また嘘をついている。
田口はそう判断をした。保住は、嘘を吐く時、言葉が不明瞭になるからだ。だから明らかに嘘だとわかる。
――逃さない。
この機会を失ったらもう次はない――。
いつもは彼に甘い田口だが、執拗に保住を責め立てるように語気を強めた。
「保住さん!」
保住は肩を震わせた。彼の瞳は困惑の色で支配されているのが見て取れた。彼は混乱しているのだろう。誤作動を起こしているのがよくわかる。そう理解した田口は、今度は声色を緩め、そして彼の瞳をまっすぐに見つめて語りかけた。
「おれの顔見てください。神崎先生の件、さすがに怒っていますから。おれだって傷つくことはあります」
「すまなかった……。あれは」
「どうしてあんな態度を? あなたらしくもない。あの場は職務中だった。先生もいる中で、どうしてあんな言葉を発したのです? あなたらしくないです」
「おれらしいって、あれもおれだ。お前が勝手に作り上げたものに当てはめるな」
田口に責められれば責められるほど、保住の視線は空を彷徨うばかりだ。そんな彼の様子を観察して、田口はある確信をした。「保住は不本意なことになっている」と。
保住は素直じゃない性格だ。彼の態度は、行動に見合った感情ではなく、それとは違った感情から派生しているのだろうということ。だったら、なおさら知りたいと思った。彼の本心を――。
保住のことを知りたい。例え、自分にとって、残酷な結果になったとしても、今よりはましだと思った。
こんな宙ぶらりんな関係性を田口は良しとはしたくない。もう止められない。自分の「好き」という感情が、例え明るみに出たとしても、もやもやしたこれを終わらせたいと思ったのだ。
「いいえ。あなたらしくないのです。あなたの仕事はスマートで無駄がないのに、おれを神崎先生に預けるなんて、正気の沙汰とは思えない指示でした。違いますか? 局長の許可もなしにあんな愚行」
「お前は、おれの判断が誤っていたというのか」
「そうです! あなたらしい判断ではないからだ」
田口の言葉は保住に届いているのか、彼は明らかに動揺していた。瞳の色が揺れていた。
「楽曲ができ上がれば、なんでもいいのだ」
苦し紛れの言葉。
――嘘だな……。
「そうではないでしょう? あなたはそんな人ではない」
「違うっ! おれはおれだ。他の誰でもない…!」
「保住さんは保住さんだ。だけど、今のあなたはひどい有様だ。どうしたのですか? なぜ、あんなこと。おれには聞く権利があると思いますけど」
その言葉に、はっとして顔を揚げた保住と視線があった。
――ああ、泣きそうじゃないか。
こんな顔、させたくない。しかし、もう自分も限界ギリギリなのだ。ここで引いてはダメだと言い聞かせる。心を落ち着かせようと、呼吸に意識を向けて保住を見つめる。彼は田口の瞳を見ていたが、ふと戸惑いの色を見せた。
「――なにがなんだか、わからないのだ」
「え?」
あまり見せた事もない険しい表情を見せて、保住はそう言った。
「なぜだ? なぜだ? お前が他の奴と仲良くしているのが気にくわない。イライラする。自分の気持ちが分からなくて、コントロール出来なくなる」
壁に寄りかかっていた保住は、今度は逆に田口に掴みかかった。
「友達だって言ったじゃないか。おれを置いていくな、そばにいろ!」
感情的な彼をあまり見ないが、話していることが滅茶苦茶だ。置いていかれたのは田口だ。だけど、保住は田口に「置いていくな」と言う。
――なにを言っているんだ?
保住は苦しそうに涙をこぼした。「ああ、そうか」と気がついた。
――保住さんは……苦しんでいたんだ。きっとおれの事、必死に考えてくれていたのだ。
そう理解した瞬間。田口の心に喜びの気持ちが芽生えた。目の前で、自分とのことで苦悩している彼を見ただけで、それはきっと――。
田口は、保住の腕を握って、掴み上げていたシャツから手を離させた。
「泣かないで。保住さん」
「な、泣いてなんか……っ」
「泣いていますよ」
保住は、興奮して涙が溢れていることすら気がつかなかったようだ。彼の頬を指で拭ってから、保住の顔をそっと覗き込んだ。
ともだちにシェアしよう!