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第15章ー第119話 手を繋ぎたい
田口と保住の付き合いは、スローステップ。いや、全く進行しないとでも言うのだろうか。
「田口! 報告書」
「すみません、今直し中で……」
「遅い! 後十分」
「承知しました!」
他の職員の間をやり取りする二人の声は、日常茶飯事になる。
「最近、係長が局長 化してきてないか?」
矢部は苦笑いを見せた。
「なんだか可愛がられるというより、尻に敷かれてる旦那だな」
「え? なんですか?」
田口はパソコンから目を離さずに応える。
「いや、いいや」
渡辺も同様に苦笑いを浮かべた。
「スパルタも愛だろ」
「そんな愛、おれはキツイ」
「田口はM。ドMだろ?」
「え? おれのことですか?」
パソコンに向かっていたので、周囲が勝手なことを言っていても気にも留めなかったが、あまりにもいろいろなことを言われているようなので、田口は手を止めた。
「なんでもないよ。さっさとやらないとタイムオーバーだぞ」
「はい」
「矢部さん」
そんな話をしていると、今度は矢部に声がかかる。
「おれか。はい! 係長」
矢部は舌をぺろっと出してから、保住の元に走った。オペラの準備は佳境だ。本番まで三ヶ月。来週から巷は年末年始。しかし、ここの部署にはお正月なんかこないのではないかと思うくらい忙しい。
「できました!」
田口は書類を抱えて、保住のところに行く。
「受け取っておく」
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げてから、席に戻る。
昨日。クリスマスと言われるイベントがあった。友達以上恋人未満みたいな、微妙な関係性の田口と保住。田口としては、なにか進展するのではないかと大きな期待を持っていたところだったが。
結局、なにもなく――。仕事の話をして、気がついた頃には保住は夢の中だ。毎日忙しくて、精神的にも疲れているのだろう。そんな彼を起こす気にもなれず、田口はため息を吐くしかないクリスマスだった。
贅沢な悩みなのかもしれない。喧嘩みたいになっていた時から比べると、澤井と付き合っていた頃と比べると、完全にいい状態だ。だけど、やっぱりその先まで持っていきたい――。そう思うのが普通なのではないだろうか。
「難しいものなのだな……」
田口は呟いた。
***
「正月は実家か?」
退勤の為にIDをかざした保住は、田口に視線を寄越した。保住も妙に疲れているようだ。さすがの田口も疲労の色が濃い。彼の場合は仕事と言うよりは、プライベートで悶々《もんもん》としているのだが。
「休みがあまり取れなそうなので、帰るのは諦めました」
「帰ればいいのに」
「雪割 は豪雪地ですから。一泊二日とかのレベルなら、帰らない方がいいくらいなんです」
「そうか。雪の時期に足を運んだことはないからな。地元民がそう言うならそうなのだろう」
一人寂しい年越しか。そんなことを考えていると、保住は言いにくそうに田口を見た。
「なにも予定がないなら……付き合わないか」
「え――?」
「大晦日、保住の一族で集まるようだ。祖父が、お前を気に入ったようで連れて来いと言う」
「おれ、ですか? 一族皆さんの集まりなのに、おれは部外者すぎません?」
「まあ、部外者と言うか他人だな」
「ですよね」
二人は庁舎の外に出て立ち止まる。冬の夜空は澄んだ空気のおかげか、星がキラキラと輝いて見えた。雪が降らない夜は、冷え込みが酷い。こうして立っているだけで、足先まで冷えるような気温だが、暑さや寒さに鈍感な保住は気にならないようだ。
「いいのでしょうか? 確かに梅沢での一人年越しですが……」
「おれが来て欲しいのもある」
保住は言いにくそうに視線を逸らした。
「え?!」
「何度も言わせるな」
ぷいっと顔を背けて歩き出す。
「い、行きます! もちろん!」
田口は慌てて保住の後を追う。
「嫌なら別にいいのだ」
「嫌じゃないです」
「そうか。……すまないな」
「いいえ」
田口は嬉しい気持ちになって、そっと保住の手を取る。少し驚いたように顔を上げた保住だが、そのまま田口の手に指を絡ませた。
「我儘ばかりだ。すまない」
「気にしていません。むしろ嬉しいです」
小学生みたいな保住と、中学生みたいな田口だ。まだまだ手を繋ぐことくらいしか出来ないけど、いいか。田口はそう思うと嬉しい気持ちになった。
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