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第16章ー第138話 先輩は大忙し

 新年度が始まってから一週間がたった。田口は保住からのおつかいを頼まれ、十文字を連れて出かけた。ここのところ、彼と一緒に行動することばかりだ。田口の配属当初、保住に連れて歩かれたことを思い出しながら、田口は十文字と関わっていた。 「外勤が多いんですか」 「外部の機関との関わりが多いからな」  最初は、保住からハンドルを握らせてもらえなかったのが懐かしい。しかし十文字は、恐縮するわけでもなく助手席に乗り込んだ。その辺りの感覚が、自分と違うなと感じる。  この一週間、彼とのやり取りの所々で、そんな年代間の認識の違いに、ショックを受けていた。 「十文字は、前職どこだっけ?」 「市民安全課です」 「窓口か」 「そうですね。住民票を出してばっかりいました。だから、外に出るなんて無かったので、変な感じです。すみません、運転慣れていないもので。場所わかるようになったら運転させてください」  ——ああ、そっか。そう言うこと。  田口は納得した。ただの若者ではない。田口とはタイプが違うだけなのだ。きっと彼には彼なりの言い分があるに違いないと確信した。 「十文字は、梅沢が地元?」 「そうです」 「ならおれよりも土地勘あるから、大丈夫だな。おれなんて、一年はハンドル握らせてもらえなかったからな」 「一年もですか? ——田口さんの地元はどこですか?」  慎重に運転をしながら田口は答える。 「雪割町っていうところで……」 「県外ですか。遠いですね。なんで梅沢に来たんですか」 「なんでかな?」  ——なんでだろうな。  黙り込んだ田口を見て、十文字はボソッと呟いた。 「理由はどうあれ、生粋の梅沢市民としては、選んでもらえるというのは嬉しいものですね」 「そうか」  十文字という男は、最初の印象よりも悪い人間ではないと思い、思わず口元を緩めた。 「十文字は高校どこ?」 「梅沢です」 「ああ、係長の後輩だね」 「そうなんですね! 確かに。係長は梅沢高校によくいそうなタイプです」 「そうなの?」 「ええ。勉強が出来ればなにをやっても許される学風です。係長、頭良さそうですもんね」 「そうだな」  十文字は少しはにかみながら話をする。 「おれは中くらいでしたからね。梅沢大学に進学しました。結局、梅沢から出たことがありません」 「おれも梅沢大学だ」  共通点ありありか。 「田口さんも先輩じゃないですか! 何学部ですか?」  最初はとっつきにくかったり、感覚が合わないと思ったが、十文字は悪い子ではなさそうだ。田口は最初のトゲトゲした気持ちが少し収まっていく。  車は県庁の駐車場に入った。今年も県の担当者は、菜花だった。「保住くんによろしく〜」なんてゆるい感じで手を振られて、おつかいは無事に終わる。  二人はすぐに事務所に戻った。すると、すぐに保住に呼ばれた。 「今年度、田口は星音堂(せいおんどう)担当になる。星野一郎記念館の事業は、十文字に移行していけ」 「承知しました」 「谷口さんから、今月中に星音堂の引き継ぎは終えるように。それから、記念館に十文字を連れて挨拶行ってこい」 「明日でも構いませんか」 「今週中に」 「承知しました」  書類に視線をやる保住を確認してから、席に戻って十文字に話を始める。  ——先輩とは忙しいものだな。  少しずつ十文字のことを理解してきている中、自分の仕事にも取り掛からなければならないという現実を自覚して、田口は気を引き締めた。

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