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第17章ー第140話 面白みのない男
「お前の運転は危ういな」
十文字の隣で書類を見ていた保住は、ふと気が付いて、途中で視線を上げた。
「え? そうですか。すみません。注意しているつもりですけど」
「なぜか、怪しい」
「なぜかのところを具体的にお聞きしたいのですが」
言い出した割には、どこが? と問われると、答えに窮した。
「それは言葉にしにくい曖昧な、感覚的なところだ」
「それでは改善のしようもありませんけど」
「そうだな。それはそうだ。すまない。おれの一感想だ」
保住の十文字へのの評価は、ともかく「真面目」。そして「面白味のない男」だ。田口は、配属当初からからかうと面白い男だと思った。彼は、からかえばからかうほど、青くなったり赤くなったりしていたからだ。だがしかし、十文字は付け入る要素がないというのだろうか。
まあ、よく言えば、問題もなく真面目な職員だ。しかし、幅がないということなのだろうか。
――一緒にいて、つまらない。
そういう印象だった。しばらく沈黙の後、十文字は付け加える。
「すみません。不愛想で。可愛げがないってよく言われますから。失礼なことを言ったらすみません」
――そんなことを気にするタイプか?
保住が苦笑すると、十文字は少し恥ずかしそうに、視線をあちこちにやった。あまり虐めては可哀そうだと思い、自分から別の話題を切り出した。
「梅沢高校出身だそうだな。田口から聞いた」
「そうです。――しかし係長と田口さんは、仲がいいですよね」
「そうだろうか? 普通だろう」
「そんな話までするんですね」
「田口は、お前がおれの後輩だと思えば嬉しくなるとでも思ったのだろう。ただし高校時代のことは記憶にとどまっていないものでね。同じ学校出身だからと言って、特段なにかあるということはないのだ」
「でしょうね」
駐車場に車を入れた十文字は口を開いた。
「係長って梅沢高校タイプまんまです。面倒は嫌いそうだ」
「そうだな。当たっている」
車が停車するとシートベルトを外し、さっさと車から降りる。
「面倒は嫌いだ」
「そうでしょうね。おれの友達に似ています」
「そうか。おれみたいなタイプが多かったのだろうか? それすら覚えていないな」
軽く笑う十文字。その笑みが、どういう意味を成すのかはわからないが、特段気にすることでもない。保住は颯爽と星野一郎記念館のドアを押した。
「鴫原さん、ご無沙汰しております――」
***
保住に連れて行かれたのは、星音堂 の敷地内にある、星野一郎記念館だった。記念館担当をしている鴫原との打合せが終わった。なぜ自分がここに連れて来れられたのか、保住は説明をしなぎが、なんとなく、ここの担当は自分になるのかと、漠然と理解していた。
――しかし慣れない。
十文字は、市役所に入って、戸籍の出し入ればかりをしていたのだ。こういった、イレギュラーな意見を求められるような部署は初めてだ。
十文字はそういう場面が苦手だ。自分に自信がないこともあるが、緊張してしまうのだ。真面目に見えるから、そう思われないのかも知れないが。
梅沢市出身。市内の第一中学校を卒業し、近所の梅沢高校に進学した。勉強だけはなんとかなった。中学校では上位にいたおかげで、高校進学は楽勝。
――だったはずだが。
梅沢高校に入ると、そうは行かない。自分よりも上には上がたくさんいて、かなり無理をして頑張ったものだが成績は中の上くらいだった。失敗が好きではない慎重な性格も祟って、県外の大学を選ぶことをやめて、地元の県立大学に入学した。
就職口を選ぶことも安全パイである市役所を選択した。そのおかげで就職活動で苦労した記憶はない。そう――自分の全力を発揮する、自分の実力以上を発揮するなんて機会が皆無だった男なのだ。
『無理をするなら一つでもランクを落とす』
それが十文字の性格だった。だから戸籍担当は楽しかった。毎日平坦な事務作業は、十文字にはいい仕事だったのだ。それなのに――第二の部署でこんなところにやられるなんて。本気で不本意であった。一生懸命に頑張ることって好きではないのに。報告書一枚が通らないのだ。一週間も保住とやり取りしているのに。
「だめ」
「違う」
ダメ出しの連続だ。ため息を吐いて、パソコンを打つ手を止める。どこをどうしたらいいのか、さっぱりわからなくて迷路に迷い込んだようだ。
残業をして残っているのは田口だけだった。先程から、カチャカチャとキーボードを打ったり、時々考え込んだりしている様子がある。いつもだと、他の職員も残業をしていることが多いのだが。
保住は会議で九時を過ぎるという。渡辺は家族の用事で早めに帰宅していった。谷口もなにやら用事があるといって、先ほど帰ったばかりだ。
時計の針は七時を回ったところだ。今日こそは、なんとか報告書を仕上げたい。だが、さっそく行き詰ってしまった。同じように行き詰っている田口に質問するのは悪いのかも知れない。そんなことを考えていると、ふと田口が十文字を振り返った。
「そんなに見てくるなよ。どうした?」
「え? おれ見ていましたか?」
「見てる見てる。気になって仕方がない」
「すみません。話しかけようかどうしようか考えていたので。自然に視線が向いていたのでしょうか」
「かもね」
田口は苦笑して十文字に視線を向けてきた。
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