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第18章ー第146話 星音堂の職員
むうむうとしていた。心がざわついて不安だらけなのだ。田口の内面は嵐が吹き荒れている。
落ち着かない気持ちのまま、彼はじっと応接セットのソファに座っていた。
「同席なんかしていただかなくても、結構ですけど……」
向かい側に座る、星音堂 職員の安齋は、眼鏡を光らせて、大変迷惑そうに田口を見た。彼は確か田口の同期だと言っていた。神経質そうなインテリメガネというところか。言葉尻が冷たくて、キツい男だと思った。
「いえ。星音堂のことを詳しく知りたいのです。別に構いませんよね? それとも、おれが同席することに何か不都合でもあるのでしょうか」
温厚そうな田口が食ってかかってくるのは意外とばかりに、安齋はため息を吐いた。
「いいえ。前例がなかったものですから、一応、お話しさせてもらっただけです。ただし一日かかりますよ」
「構いません」
そばにいた星音堂長兼課長の水野谷は、愉快そうに笑った。
「いいじゃないの。好きで来たんだもの。思う存分、星音堂を堪能してくださいよ」
丸メガネで人の良さそうな穏やかな男性だ。彼は、細身の体型にベストを上品に着こなす。学習院出のお坊ちゃんだと保住が言っていたことを思い出した。
キツそうな安齋も、上司である彼の言葉には逆らわない。素直に頷いた。
「ありがとうございます」
田口は頭を下げる。音楽のことはわからない。わからないところで、もがきながらやっているから、なんでも情報を欲しがってしまうのだ。渡辺にも「そんなことまでしなくていいんだぞ」と言われたが押し切ってきた。
焦っているのだ。
仕事も。
プライベート同様に。
「点検業者は、10時にきます。それまで図面でも見ますか」
安齋はめんどくさそうに田口を見た。
「是非、お願いします」
嫌がられたり、面倒がられたりするのは承知の上だ。ずんがりと安齋にお願いをする。
「星野さん、この人に図面見せてあげてください。おれ、少し業者の人の件で電話をしなくてはいけないので」
「おれ? 面倒くせーな。電話終わってからにしろよ」
『面倒だな』
最初の頃、保住にそう言われたことを思い出す。
――自分は、面倒な男なのだろうか?
やりたいようにやっているだけなのに。
――面倒なのか?
なんだか心がしゅんとした。保住との関係性が、少し揺らいだだけで、自分に自信が持てない。
星野と呼ばれた男は言葉が悪い。自分たちよりは年上だろうか。無精ひげを生やしていて、髪の毛はボサボサ。シャツもよれよれでネクタイは緩くなっているだけ。どこか保住を彷彿させる男だった。
不満を述べたのに、安齋は知らん振りをして自席に戻る。完全に「星野に任せた」だ。
「こっち来いよ、兄ちゃん」
「すみません」
星野は、「ち」と舌打ちをしてから、事務所の奥から図面を出してきて、そばのテーブルに広げた。
「ここがホールな。見方としては……」
図面の見方を説明してくれる星野。見た目はダメそうなのに、説明はうまい。とても理解しやすかった。
「星野さんって、素晴らしいですね」
つい思っていることが口から出た。星野は眠そうな目をしていたが、田口の素直な感想に目を見開き、顔を真っ赤にした。
「ば、バカ言うなよ。なんだよ。それ」
「え? 変なこと言いましたか?」
「言ってるだろう。お前、本当にバカ野郎だな!」
口では悪口を言っているのに、星野は嬉しそうだ。
そこに安齋がやってくる。
「星野さん、なんですか。その嬉しそうな顔」
「うるせえ。お前に言われたくねえし。さっさとこの兄ちゃんの面倒みろや」
星野は照れ隠しなのか。顔を赤くしたまま自分の席に戻っていった。
「田口さん、星野さんになにをしたんですか?」
安齋はじろっと見つめる。
「え!? なにも。ただ、説明がわかりやすかったので素晴らしいと言っただけですけど」
「ああ、それは……」
安齋は微妙な表情をした。
――なにか悪いことでもしたのだろうか?
星音堂の職員は一癖も二癖もある。田口には理解できないことばかりだった。
そして時計の針は予定通りの時間。十時になると、作業服とヘルメットを被った男たちが十五名程度やってきた。
「こんにちは。明和保全協会です。点検に参りました」
「よろしくお願いいたします」
星音堂では、さまざまな機器が作動しており、一年に一度はそれらをすべて点検してもらうと聞いて来たのだ。この機会なら、あちらこちらを把握することができる。田口は安齋や点検業者にくっついて出発した。
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