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第107話

優しく腕を引かれ、まだ静かな廊下を歩いた。 ズキズキと痛む足首を庇う動きも慣れ、俺に歩幅を合わせてくれる部下を見てまた、情けなくなる。 「竹内さん、一度僕の部屋に入りましょう。 さっきはすみません、冗談のつもりでした。泣かせるつもりは本当に、無くて…。」 嘘だ。 冗談なんかじゃない。あの時のお前の目は本物だった。 完璧に仕上がった笑顔が崩れるほど嫌だったのだろう。 異性、同性にかかわらず今まで俺のような人間を好いてくれる奴なんて殆どいなかった。お陰でこのざまだ。 良かれと思ってした事も、全てが裏目に出る。 自分の時間を犠牲にしてまで手を差し伸べてくれる心優しい人の気持ちをも踏みにじる、最底辺の男だ。俺は。 「仕事までには何とかするから…一人にしてほしいんだ。」 「それは聞けませんね。」 「なんで…。」 俺の言葉に食い気味でかかる法月の声は、怒っているわけでも、軽蔑しているわけでもなく、ただただ出来の良い頼れる部下の色をしていた。 「そんな状態の竹内さんを一人にはさせたくないですし…それに、露天風呂ご一緒してくださるんでしょう?」 流石に下心はありませんから、なんて 小さく息を零して呟く法月の体温が、今は他の何よりもの救いで。 「そう、か。そうだな…約束したもんな。」 「はい。きっと少しは落ち着きます。」 「ん…。」 重苦しい足取りで、もはや靴を床に引きずりながら、法月の部屋の前に到着する。 足を止めた男の背中を眺めては、ピンと伸びた背筋に胸が苦しくなった。 「さ、着きましたよ。入ってください。」 「あぁ………?あ。」 そこで思わず足が固まる。 あらかじめ用意されていた履物を脱いだ法月は、不思議そうな顔をして動かずにいる俺を見上げて。 こてん、と首をかしげて言った。 「どうしました?靴、脱がないんです?」 「えっと…いや、やっぱり俺自分の部屋に戻──…。」 「や く そ く …しましたよね?言ってましたよね?自分で。」 「…………。」 ここに来ていつもの法月に戻るのはどうなんだ。 カムバック優男。 いくつものイレギュラーが重なりすぎて、すっかり頭から抜けていた。俺の最大の秘密。 ひょんな事から佐々木にのみ自らネタ晴らしをしたわけだが、他の俺と関わりを持つ人間は誰一人として知らない事。 今逃げたところで、靴を履いて風呂は流石にアウトだ。 それなら今のうちにバカにされた方がマシか…?いや、こんなズタボロに崩れ落ちたメンタルでそれに耐えられるか? それを知った法月は、嘘を吐かれた。騙されたと言って次こそ俺を見捨ててしまわないだろうか。 「…そんな所で立ってないで、早くこちらに来てください。」 「は?ちょ待っ…お前!!」 くんと強く腕を引かれ、バランスを崩した俺はそのまま法月の上へ覆いかぶさった。 何度でも言う。通常これくらいの衝撃で人は倒れたりしないものだが、俺は人より20㎝は高い位置に足の裏が備わっている。既に痛めている部位を守る為には、身体ごと前に倒れなければならないのだ。 その時── ころん。 視界の隅で、随分と背のあるシークレットシューズが 足から外れて、転がった。

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