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第116話

「そうなのか…。その、売れてたホスト?と仲悪かったのか?」 竹内さんは、ふと僕の口走ってしまったそれに興味深そうに食いついた。 自分を卑下するわけではないが、竹内さんにとって自分の情報など必要ないと思っていただけに、驚きを隠せない。 僕の事を少しでも知りたいと思うようになってくれたのだろうか。そうだとしたら、こんなに嬉しい事はない。 まあ、この人の事だ。水面に落ちる雫の音だけがやけに響くこの空間で、何か言わなければと必死になっているだけなのかもしれないな。 「仲は良い方だったと思いますよ。少なくとも、僕はそう認識しています。」 ──敵わない人がいた。 “サチ君は同伴とかしないの?” “金貰ってご飯食べるよりさあ… 理性も何もかも捨てて腰振ってる方がイイと思わない?” 彼の仕事への姿勢は正にプロで、常に尊敬していた。 いくつもの卓を走り回り、着く客一人一人に相応しい仮面を被る。 この店の中でというより、そういった店の立ち並ぶ通りで一番の人気を誇っていたその男と、ほんの数分話すために集まる女性は誰もが頬を染め、満たされて帰っていった。 彼…サチと僕は付き合っていた。 互いの本名も知らない。 昼間だろうと源氏名で呼び合い、仕事後の酔った身体を絡めるような形だけの関係。 サチの事を、初めて見た時から気にはしていた。 だがそれは恋愛感情と言えるものではなく、放って置けなかっただけ。同情とも言えるのかもしれない。 同伴やアフターに割く時間があれば、少しでも快楽を全身に植え付けておきたいという曲者。 同じ店で働く男でサチの身体を知らない者など居ないだろう事は、彼を見る周りの目で簡単にわかった。 どうして特定の誰かを作らないのだろう。 サチならきっと、同性であろうと彼だけを愛してくれる人が見つかると思うのに。 それでは納得いかない理由があるのだろうか。 どうして何枚もの仮面を付け替えているんだろう。 本当の君は何故いつも、空っぽの目をしているのだろう。 日ごとに疑問は増え、ある時耐えられなくなった僕はダメもとでサチに告白する。 これは恋愛感情とは違うと明確に伝えた上で、ただ、どこか力の抜ける場を用意してあげたいと。 サチは僅かに瞳を揺らし、動揺しているように見えた。 それは仮面でもなく空っぽの目でもない、サチの初めて見せた顔。 “なにそれ。ルナ君変わり者だね~~? …いいよ、それ乗った。付き合ってみようか。” 面白そうだと酒臭い口を大きくあけてケラケラと笑うサチに、果たして自分がどれだけの事をしてやれたのかは定かではないが。 サチがNo.1の座を誰にも譲ること無く店から姿を消したその日を最後に、2人の恋人とも言えないような浅はかな関係は、幕を閉じた。

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