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第115話
「なあ、法月。」
「はい。…あ、お背中でも流しましょうか?」
「違う。」
それなりの広さを持つそこに、大の大人が並んで二人きり。
つい先程あんな事があったばかりだと言うのに、熱い目を向けられる事も触れられる事もなく、どこまでも平和な光景が広がっている。
例えば、もし俺が佐々木への好意をお前に告げなかったのなら
今頃全く別の世界を見ていたのかもしれないなんて。
冗談の一つとして言ってみようかとも思ったが、自らの気持ちに蓋をして俺の背を押してくれるこの男にそのような言葉をかけるのは筋違いだ。
この気まずさを脱したいがために呼んだ名だが、その後の事は正直何も考えてはいない。
「…気持ち良い、な。」
「ふふ。そうですねぇ。家でもこのくらいの温度ですか?」
「いや…普段シャワーしか浴びないからあまり…。」
「おや。そうなんですか。それなら今日はゆっくり浸かって、疲れを取らないと。」
「あぁ。」
会話の繋げ方、流石と言うべきだろうか。
確実に続けられるような濃い話では無かっただろうに、法月はごく自然にぽんぽんと話題を提供してくれる。
自分の話ではなく、あくまでも俺を軸に置いてくれる聞き上手なこの男。
娘がいると言うならば、その母親となった女性はきっと、クレオパトラも大敗を喫する絶世の美女なのだろう。
「お前ウチには中途で入っただろう。…それまで、どこで働いてたんだ。」
「そうですね。…お恥ずかしながら、水商売を少し。」
いや、恥ずかしくは無いだろう。
以前も噂で何度か聞いた事があったので、驚きはしない。むしろ法月のような、その世界でも十分に活躍できそうな容姿やカリスマ性を持った男が、何故会社勤めなどしているのか。
もしかして嫁は相当束縛の激しい女なのだろうか。この顔相手に下心なんざ…よほど自分に自信のある奴で無い限り、抱くことすら無理な話だと思うが。
「僕には向いて無かったんですよ。」
「お前ほど向いていそうな奴も居ないだろ…それにホストなら、俺より良い男も山ほど居ただろうに。」
「…。」
あ
また余計な事を言ってしまったと思った。
無かった事にしようとしているかもしれない法月に、また俺は…。
サイコパスか?俺は実はサイコパスなのか。人の癒えていない傷を何度も何度もグサグサと。人の心の痛みもわかってやれないのか。
あの法月が無言になってしまったではないか。
「す、すまん。忘れてくれ今のは何でもなくてその深い意味はなくてだな、あの…。」
「ふっは。慌てると途端に口数が増えますよね、竹内さんは。そういう不器用な所…一生懸命なところが可愛いんです。」
「…人をおちょくるなよ。」
「そんなつもりはありませんよ?」
法月は長い両腕を伸ばし、水面に渦を描いた。
「…絶対に敵わない人が居ました。」
濡れた髪の先は頬に張り付き、小さな水溜りを作る鎖骨はくっきりと浮き出て影を落とす。
この男ですら敵わないなんて、この世の不平等さには呆れて言葉も出てこない。
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