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第140話

曲げればズキンと痛みが走るそこも、ペダルを踏み込むくらいならば何の支障も無い。 そもそも最大限の底上げをしているので、自身の感覚としては踏むと言うより添えているに近い状態だ。これで痛むならそれは多分もう折れている。 「痛くない?」 「あぁ。」 「本当?…ごめん、俺が運転出来たらよかったのに。だせぇスね。」 「大丈夫だから気にするな。」 佐々木の、見える筈のない耳と尻尾がしゅんと垂れ下がる。 何か購入して来たらしいビニール袋がかさりと音を立て、彼の手の中でシワを作った。 ご主人の怪我が心配で堪らないって顔したワンコを俺は一体どう励ませば良いのか。 …いや、勿論佐々木は俺のペットではないし俺もご主人様なんて呼ばれたい願望があるとかそういうんじゃない。それに、最近はどちらかというと俺が佐々木に飼い慣らされている感が出てしまっ──……これ以上は辞めておこう。 “大丈夫”は信じないが、“痛い”は信じるんだもんな。気にかけてくれるのは嬉しいが、佐々木のせいでもないのだから落ち込まないで欲しいんだ。 これは、話題を変えるしかないな。 話題…話題、か。何を言えば良いのだろう。 改めて考えてみれば…全く。そう、全く切り出し方がわからない。 解きたい誤解であったり、それを含めての謝罪であったりというのは必ず伝えなければいけないと 誰よりもこの俺がよくわかっている。 だがそれは今でなければいけない事だろうか? タイミングを逃す事は避けたいが、それにしてももう少し…もっと、こう……なんだ。 家の中でリラックス出来るようになってからでも…遅くはないんじゃないか。 ──ハンドルを握る手がいよいよ汗ばんで来たところで、結局俺の脳味噌は諦めるという結論に至った。 眠気とは恐ろしいものだ。ありきたりな世間話すら出来やしない。 そうこうしているうちにも赤くなるタイミングを見計らい損ね、ギリギリ黄色の信号を突き抜ける。 ここで止まる事が出来たなら、ようやく煙草を開封出来たのに。急いでいる時には邪魔する癖にこういう時だけ良い子をするのはセコいだろう。 …あぁ遂に信号機にまで文句の独り言を連ねるようになってしまったか。 「とうとう信号にクレームつけるようになったの?ウケる。」 「え。」 何だと?ま…また俺は口に出して…っ?! そろそろ本格的にヤバい人じゃないか。勘弁してくれ。 しかもマスク越しでありながら声が漏れたと来た。 もう俺はダメだ。声帯を引っこ抜いてくれる良い医者を紹介してくれ、誰でも良いから。 「煙草吸いたいなら俺が開けてあげるのに。はい、あーん。」 「………ぁ、あー…はむっ。」 自らの手で売った商品を、自ら開封し、購入者の口まで運んで火を灯す。 こんな親切なコンビニ店員がどこにいる。 どこにも居ない。世界でコイツ一人だけさ。 ダッシュボードにいくつか散らばっていた100円ライターかと思いきや、佐々木の掌に握られていたのは今朝目覚めた場所のロゴがデザインされたもの。 「美味しい?」 「あー…ん、まぁ……。」 何で持って来た。おい。 改めて、非現実的な出来事においての揺るがぬ証拠を突きつけられた瞬間だった。 ……むむ、やっぱりこの味がいい。

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